メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

読書・映画・音楽

読む本は自分の判断で選ぶ?

このYouTubeのチャンネルの動画がとても面白い。他にもトルコの人たちがやっているチャンネルには面白い紀行動画が多い。 しかし、こうなるとテレビの紀行番組は、大掛かりな取材でもしない限り、存在価値を維持できなくなってしまうかもしれない。 (例えば…

「日本の作家は文学的なエロチズムの巨匠である」:サルマン・ラシュディー

この「ノルウェイの森」の書評のトルコ語原文をネット検索で探してみたけれど見つからなかった。 書評が掲載されたラディカル紙は、既に発行を止めているので多くの記事が失われてしまったようだ。日本語訳は、以前、私が拙訳して保存してあったものである。…

「ノルウェイの森」には日本の歌が1曲も出てこない?

村上春樹の小説から「八月の濡れた砂」が思い出されたような話を書いたけれど、おそらく、村上春樹の小説に「八月の濡れた砂」が出て来る場面などないと思う。 それどころか、「ノルウェイの森」には、日本の歌が1曲も登場していないそうだ。 2004年の…

そういえば「八月の濡れた砂」を聴いていなかった・・・。

現在の警備員の職場は、朝8時から翌朝の8時まで24時間勤務して、2~3日の休みが入るという変則的なシフトになっている。 場合によっては、4日休みが続くこともあれば、1日挟んでまた勤務になったりする。 今日は、その「連勤」の間の日で、朝、夜勤…

「イルマーレ」と「This never happened before」

「イルマーレ」という米国の映画を、私は2008~9年頃にイスタンブールからイズミルへ向かう長距離バスの中で観た。 現在と過去が交差する筋立ての面白さに引き寄せられて暫く観ていると、劇中にポール・マッカートニーの歌声が流れて来たのである。 初…

「女性は悪魔か偽善者か?」

《2014年1月28日付け記事の再録》“漱石の罠”なんてつまらない話を書いて、漱石が主張した“無意識の偽善”を批判したけれど、あれが“則天去私”を求め、この世の平和を願った夏目漱石の思想なのかもしれない。 例えば、“アッサラーム”と唱え、やはりこの…

「テルアビブの女たち」

今朝、「テルアビブの女たち」というイスラエルの映画をトルコ語吹き替え版で観た。(トルコ語の表題は「Duvarlar Arasında」:壁の間で) テルアビブのアパートで同居しているレイラ、サルマ、ヌールという3人のパレスチナ人女性が、男性権威的な社会に抵…

「紫禁城の黄昏」:中国の文民統制

先日、岩波文庫の「紫禁城の黄昏」を読了した。 「紫禁城の黄昏」を読んでみようと思ったのは、「清朝の滅亡からラストエンペラー愛新覚羅溥儀が満州国の皇帝に即位するまでの史実に興味を感じた」ためではなかった。 溥儀の家庭教師であった著者ジョンスト…

「断絶された朝鮮の歴史」:多民族国家だった戦前の日本

《2014年2月6日付け記事を一部書き改めて再録》 1986年頃だったと思う。韓国関連の本の中で、司馬遼太郎と鮮于煇(ソヌ・フィ)の対談に、強い感銘を受けた。鮮于煇は、韓国の小説家で、司馬遼太郎とほぼ同年輩の人物である。それが対談の中の会話だ…

「Vフォー・ヴェンデッタ」:恐怖による統治

この「Vフォー・ヴェンデッタ」という映画は、12~3年前、イスタンブールからイズミルへ行く長距離バスの中で観たのではないかと思う。 そもそも、私がこの20年ぐらいの間に観た欧米の映画は、その殆どをトルコの長距離バスの中で観たのである。 トルコ…

「細雪」の時代と結核

「細雪」は、1936年(昭和11年)から1941年(昭和16年)までの時代を背景に描かれている。 当時は、結核が死病と恐れられていた。 以下の「結核死亡数および死亡率の年次推移」を見ると、1936年の結核による死亡者は14万5千人、1941…

まだまだ続く長く曲がりくねった道

昨日、6月20日は私の誕生日だった。 かつては、1年の区切りとして正月を意識することがあっても、誕生日などは知らぬ間に過ぎていた。 ところが、「Facebook」等を使い始めたら、自動的に誕生日が通知され、友人たちから祝いの言葉が届くようになり、否…

去勢された黄門様?

最近、テレビ時代劇の「水戸黄門」を観る機会が何度かあった。いずれも里見浩太朗が黄門を演じていたから、最後のシリーズの作品ではなかったかと思う。それでも、10~15年前に放送されたものだろう。 観ていて『おや?』と思ったのは、劇中でまず人が死…

東山魁夷展

昨日は、夜勤明けに神戸博物館で東山魁夷展を見てきた。 こういった美術の展覧会に足を運ぶことは殆どなかった。音楽のコンサートなどを聴きに行くこともない。 芸術を大勢の人たちと一緒に鑑賞するのは、ちょっと気が引けるように感じてしまう。 情けないこ…

「チャルクシュ(Çalıkuşu)」を歩きたい!

上記の駄文を書くにあたって、本山第二小学校の校舎が当時のものであるのか調べるために、ネットで検索していたら、「谷崎潤一郎の『細雪』を歩く」というもの凄いサイトを発見した。 「芦屋編」に始まり、「西宮編」「阪神大水害編」「京都編」「大阪編」「…

「細雪」~トルコ料理~「汾酒」

一昨日は、住吉川から蘆屋の辺り一帯を歩き、蘆屋川(阪急)から300mほどの所にある、トルコ人の旧友が営む料理店に寄った。「細雪」の家族の家は、そのもう少し先に位置していたことになっている。 旧友の料理店で昼を食べてから、また阪神の蘆屋まで歩…

「細雪」を歩く・大水害

「細雪」を読み返して、その舞台となった街を歩いてみようと思ったのは、昭和13年の阪神大水害の場面が非常に印象に残っていたからだ。 巻末の谷崎潤一郎自身の「回顧」によれば、実際の経験を書いたのではないかと思った読者が少なくなかったという。迫真…

今朝の秋:「多少の前後はあっても皆死ぬんだ」

YouTubeに「今朝の秋」がアップされていたので、冒頭の主題曲でも聴いてみようかと思ったら、結局、最後まで観てしまった。 1987年の制作であるけれど、私は98年頃の再放送で観たのではないかと思う。 その後も2010年頃だったか、YouTubeに10回…

人の寿命

どういう映画で観たのか忘れたけれど、チャールトン・ヘストンの演じる男が安楽死を望んで横たわり、ベートーヴェンの交響曲「田園」を聴いているシーンがあった。 私なら、そのような場面で、果たしてどんな曲を聴きたくなるだろうか? なんて、またつまら…

韓国の80年代歌謡

テレビの番組で「BGMに80年代の歌謡曲しか流れない町中華」なんていうのが紹介されていた。 80年に生まれた人がもう40歳になるのだから、完璧な「懐メロ」の世界であるかもしれないが、私もたまに聴くのは70~80年代の歌謡曲ばかりである。 考…

「細雪」を歩く・京都

3月31日は、嵐山から四条大宮に出て、また平安神宮まで歩いた。 途中、「木屋町通り」や「白川筋」で観た桜もなかなか味わい深かった。「細雪」に京都の桜は格別であるかのように記されているけれど、そういった感性とは無縁である私にも、それは充分に実…

落語の「粗忽長屋」

昨年の12月から先月まで4ヶ月の間、毎月、31の記事をこのブログに掲載した。 過去の記事を引っ張り出して「再録」で済ませた例も少なくないが、休みの日に2~3の下書きを用意したりして結構苦労した。 これに大した意味はない。そのぐらいプレッシャ…

「細雪」を歩く・桜

谷崎潤一郎の「細雪」を読んだのは20年ぐらい前だったと思う。その頃は既に大阪で2年ほど暮らした後なので、梅田や心斎橋、天王寺といった地名が出て来ると、その辺りの現況を思い浮かべながら読んでいた。一方、主な舞台となった神戸の方になると、三ノ…

ボクシングの名試合とベートーヴェンの四重奏曲

昨日、ハグラー氏を追悼する駄文を書いてから、1981年9月に挙行された「シュガー・レイ・レナード対トーマス・ハーンズ」のウェルター級タイトル統一戦を久しぶりに観た。ハグラーのボクシングは実に芸術的だったものの、最初から相手を圧倒してしまう…

「イスタンブールには船で行け!」:ラフマニノフのピアノ協奏曲

「イスタンブールには船で行け!」。誰の言葉だったのか忘れてしまったが、1991年の4月に初めてトルコへ渡航する前、何かの本で読んでいたのではないかと思う。 そのため、1991年の4月、私はイスタンブールの空港に降り立つと市街地へ足を踏み入れ…

トルコの歌とギリシャの歌

上記の駄文で取り上げた「イエニ・トゥルキュ(Yeni Türkü)」というトルコのバンドによる「Telli Telli」と「Maskeli Balo」は、元々ギリシャの歌謡で、いずれも作曲はマノス・ロイゾス氏、これにトルコの詩人ムラットハン・ムンガン氏がトルコ語の歌詞をつ…

今の日本に武士はいるのか?

昨年読んだ「翔ぶが如く」に描かれていた維新の英雄たち、私が特に魅力を感じたのは伊藤博文だった。 実のところ、作中、伊藤博文はそれほど魅力的に描かれていないけれど、なにより非常に現実的なやり方が好ましく思えた。 大久保利通にも同様の魅力を感じ…

失地回復への熱望?

トーマス・マンの小説「魔の山」には、サナトリウムのベーレンス顧問官がトルコ・コーヒーで客人をもてなしたり、臨終間近の患者に塗油式を行う司祭らが掲げる十字架を「オスマン軍楽隊」の「シェレンバウム(çevgen / tuğ)」に擬えたりする場面が出て来る…

「生きる」

黒澤明監督の映画「生きる」の冒頭では、30年間役所に勤め続けながら、ただ漫然と時間をやり過ごして来た主人公が「彼は生きているとは言えない・・・死骸も同然だ」と紹介されている。 映画は、この主人公が「胃癌で余命数ヶ月」と知ってから、最後に何か…

西欧や日本は没落を迎えるのか?

小説「魔の山」に描かれた100年前の西欧、小説の舞台が結核のサナトリウムであるように、当時、未だ予防接種も治療薬もなかった結核は「死病」と恐れられ、現在のコロナとは比較にならないほどの死者を出していた。また、結核は高齢者に限らず、多くの健…