メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

韓国

凄い国、パキスタンと日本!

先日、夜勤明けに三宮の駅まで歩いたら、途中、真新しいビルの正面に、日章旗とパキスタンの国旗が掲げられているのを見た。 どうやら、そのビルは「JAN TRADING」という企業の社屋らしいが、何故、パキスタンの国旗も掲げられているのか気になって調べてみ…

日本と韓国の不幸な関係

江戸時代、日本は朝鮮とそれほど密接とは言えないまでも正常な外交関係を維持していたようだ。朝鮮通信使の往来も良く知られている。 17世紀に朝鮮へ漂着して13年間抑留されたオランダ人ヘンドリック・ハメルの記した「朝鮮幽囚記」を読むと、当時の日朝…

日本の植民統治は良かったのか?

敗戦によって朝鮮半島から叩き出された日本の状況は、もちろんロシアと大きく異なっていただろう。 とはいえ、日本が朝鮮を「植民地」と認識して統治したのは、議論の余地すらない事実と思われる。 議論になっているのは、その「植民統治」の質であるようだ…

「断絶された朝鮮の歴史」:多民族国家だった戦前の日本

《2014年2月6日付け記事を一部書き改めて再録》 1986年頃だったと思う。韓国関連の本の中で、司馬遼太郎と鮮于煇(ソヌ・フィ)の対談に、強い感銘を受けた。鮮于煇は、韓国の小説家で、司馬遼太郎とほぼ同年輩の人物である。それが対談の中の会話だ…

韓国とトルコのクーデター/徴用工裁判に対する青木理氏の発言

あの忌まわしい「7月15日のクーデター事件」から5年が過ぎようとしている。 バイデン大統領が選挙前に、「クーデターで倒せなかったエルドアンを選挙で倒さなければならない」と発言したこともあり、トルコではクーデターの企図に米国が関与したのではな…

トルコ風の姓名を名乗らざるを得なかったアルメニア人の俳優たち

今日(7月2日)のハベルテュルク紙に、ムフスィン・クズルカヤ氏が非常に興味深い記事を書いている。 オスマン帝国の時代、イスラム教徒の女性たちが映画で活動するのは「はしたない」と思われていたため、演じる女優たちは皆、非イスラム教徒であったとい…

祖国とは腹が満たされる所である

トルコ語に以下のような諺がある。 「İnsanın vatanı doğduğu yer değil, doyduğu yerdir.(人にとって祖国とは、生まれた所ではない、腹が満たされる所である)」 「doyduğu(ドイドゥー:腹が満たされる)」になっているのは、「doğduğu(ドードゥー:生ま…

ゲズィ公園騒動デモ隊の不甲斐なさ?

エルドアン大統領とAKP政権は、発足した2002年~2009年頃まで明らかに親欧米の政権と見做されていた。 それで、EU加盟交渉にも熱心に取り組んでいたけれど、反対派は「EUはトルコ軍の弱体化を狙っている」と主張していた。中には「EUの要求…

世界の歴史は大きな変化を迎えるのだろうか?

90年代の初め頃だったと思う。ロッテの創業者である辛格浩(重光武雄)氏がインタビューに答えた記事を雑誌か何かで読んだ。 当時の韓国には、様々な面でもの凄い勢いが感じられたため、「あと10年~20年もすれば日韓の立場は逆転してしまうのではない…

韓国と北朝鮮の「愛国歌」

20年ぐらい前だったと思う。日本で開催された冬季競技の国際大会で、優勝した韓国の選手が表彰台に上がったところ、手違いで北朝鮮の「愛国歌」が流れるという事件があった。 日本の関係者は、「韓国の国歌も曲名は同じ『愛国歌』なので間違えてしまった」…

韓国の社会の分断と対立?

韓国に語学留学していた1988年頃だったと思う。 左翼の運動家である韓国の女子大生が身分証明書を偽造したうえ、労働者として工場に入り込み、組合活動を企図して、公文書偽造の罪により逮捕された。 その後、数ヶ月だか1年だかの懲役に服していた女子…

「トルコにやって来た朝鮮族」

《2008年1月28日付け記事を省略修正して再録》 1999年、イズミルで韓国人の友人チェさんのところで世話になっていた頃である。 夕方、イズミル市内で韓国人の女性が経営していた写真のDPショップに立ち寄ったら、イスタンブールの韓国料理店で…

森元首相の印象

森元首相の女性に関する発言が批判されている。確かに失言だったとは思うが、森元首相個人を血祭りにあげたところで「女性差別の問題」が解決するわけでもないはずだ。 おそらく、「森氏を攻撃している人たちの気分が晴れる」「マスコミの仕事が増える」「失…

「ソウルの晩はパラダイス!」

《2013年5月7日付け記事の再録》 2013年4月の韓国行きは、3月になってから決め、慌ただしく準備した。亡くなった在韓華僑の友人の下の弟とは、10年前にソウルで会ったきりだったが、ソウルの家の電話番号が変わっていなかったので、なんとか連…

「日本と韓国を繋ぐ橋」

《2016年1月31日付け記事の再録》 大阪に住んでいた“1996~8年”、韓国居留民団の某支部事務所へ度々立ち寄っては、役員のHさんから色んな話を伺った。この支部事務所を最初に訪れたのは、どういう経緯だったのか、ちょっと覚えていない。何か問…

赤坂のヤクザの親分

《2010年7月31日付け記事を修正して再録》 1999年、イズミル在住の韓国人の友人チェさんと日本へ行った時の話である。 当時、在トルコ5年で、1960年生まれの私より3歳ほど年長だったチェさんは、中古の日本製現像機を韓国から取り寄せてト…

「親日VS反日」

《2013年5月8日の記事を一部書き改め省略して再録》 相変わらず日本のメディアは、「反日」にギャーと叫び、「親日」にヒャーと喜ぶ。そして、「親日国トルコ」で盛り上がろうとする。 もちろん、トルコにも親日的な人はたくさんいるけれど、政府が特…

「トルコの魅力は親日なのか?」

《2008年9月4日付け記事を修正して再録》 トルコは良く親日国と言われているものの、トルコのマスコミで日本が話題になることは滅多にない。全般的に日本への関心は極めて低いように思える。 トルコの人々に、アンケートで“好きな国”を問うた場合は、…

四海の内は皆兄弟(死生命あり、富貴天に在り)

《2014年1月4日付け記事の再録》 経済と気持ちの面で余裕のない生活を続けてきた所為か、正月に年賀状を出すのは、もう随分前に止めてしまった。それでも、一昨年(2012年)ぐらいまでは、メールで新年の挨拶などを少し送ったりしていたが、それも…

「ムルレア・ムルレア(糸車よ、糸車よ)」

《2017年2月19日付け記事の再録》 韓国への語学留学を準備していた86年頃だったと思う。東京の池袋で、韓国映画の会が催され、産経新聞の黒田論説委員の講演と共に、「ムルレア・ムルレア(糸車よ、糸車よ)」という作品が上映された。早めに出かけ…

日本の嫌韓・韓国の反日

最近、韓国や中国を嫌う人たちと話して気がついたけれど、彼らは実際に韓国人や中国人と交流して反感を持つようになったわけじゃない。 「日韓の歴史の話とかごちゃごちゃうるさいんだよ」と言っても、それを直接韓国の人から聞いたこともないだろう。おそら…

儒教文明の社会?/「正直者の直躬」

大坂にいた1997年頃、島之内の韓国街にあるビデオ屋さんで借りて来て観た韓国の連続ドラマだったと思う。 金持ちの家で住み込みの運転手として働く男の娘が、その美貌と才能で立身を遂げて行くというストーリーではなかったかと記憶している。 初回の場…

報道の事実性(1988年:ソウル)

《2014年10月16日付け記事の再録》 ソウルの延世大学語学堂に通っていた88年、多分、オリンピックが始まる1ヵ月ぐらい前じゃないかと思う。同じ教室の日本人受講生の方から、「新聞の取材に協力して下さい」と持ちかけられた。承諾して詳しく話を…

東方礼儀之国(1988年:ソウル)

《2009年12月24日付け記事を修正して再録》 87年~88年にかけて滞在したソウルの下宿は、延世大学に近いこともあり、下宿生は殆ど同大の学生だったが、一人、韓国有数の商船会社に勤める独身サラリーマンの方もいた。1960年生まれの私より4…

狭間で生きる/ウイグル・日本・韓国

1991年の9月頃、トルコのイズミルでウイグル人の青年と知り合った。彼は中国の新疆省に生まれ、高校生ぐらいの時にトルコへ移住してきたのではないかと思う。 「ウイグル人として、日本人である貴方に感謝したい」と礼を述べたので、「何故?」と訊き返…

イズミルの地震/ユルマズ元首相の訃報

イズミルの地震は、今朝、トルコ人の友人がフェイスブックに投稿したメッセージで知らされた。 イズミルは、1991年に初めてトルコを訪れて1年暮らした思い出深い街である。私のトルコにおける故郷と言っても良い。とは言うものの、1999年に半年ほど…

韓国語やトルコ語の言葉の成り立ち

上記のトルコの印刷工場で、韓国製の輪転機が施工される過程では、トルコ人の韓国語通訳も工場に来ていた。手配が遅れたうえ、韓国企業の社長さんが日本語を話せたため、僅かな期間だけ働かされて直ぐにお役御免となってしまったが、アンカラ大学の韓国語学…

K-POP:YUKIKA유키카/Sarah Chang(장영주)

昨日、ネットで以下の記事を読んで驚いた。韓国の芸能界で活躍する若い日本人女性へのインタビュー記事である。 韓国のニュースは結構気にしているし、福岡ではK-POPファンの集まる店などにも出かけていたのに、この女性の活躍については何も知らなかった。 …

日韓カラオケ:「本当はどういう歌なのか?」

コロナ騒ぎの所為で、「職場の先輩たちとカラオケへ」などという局面もめっきり減ってしまったのではないかと思う。 還暦の私も、警備員の職場では、新入りの若造に過ぎないので、カラオケに行けば、一回り年上の先輩たちから、「こら、何か歌え!」といじら…

韓国とトルコ~国家の正統性

《2013年7月13日付け記事の再録》 2013年7月、ボズジャ島でキムさんと長話した。20年来の友人だけれど、かつて、あれほど様々な話を聞いたことはなかったように思う。もっと韓国語が解っていた時に聞いておけば良かった。話は、韓国の政治や歴史に至…