メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

クルド

少数民族の言語による教育

中国では「中国語による教育」が少数民族にも適用されるようになり、反発の声が高まっているという。つまり、最近までは「少数民族の言語による教育」が行われていたらしい。私は却ってこれに驚いている。 1998年頃に大阪で知り合ったウイグル人の留学生…

ドウバヤズィット/イサクパシャ宮殿

《2009年10月9日付け記事を再録》 「何だもう下りて来たのか、もっとゆっくりしてくれば良いのに」。2時間ほど前に、イサクパシャ宮殿の遺跡まで送ってくれたタクシーの運転手が親しげに声をかけてきた。1994年の6月、私は、トルコも東の果て、…

「主題が祖国であれば残りは瑣末な事柄である!」(アタテュルク)

アタテュルクの言葉に「Söz konusu vatansa gerisi teferruattır.(主題が祖国であれば残りは瑣末な事柄である)」という有名な一節がある。 アタテュルクは祖国を守るため、ラディカルな西欧主義者やイスラム主義者とも手を組んだらしい。カラル紙のイブラ…

「デトックス(解毒)と大手術」

《2016年2月2日付け記事の再録》 ウィキペディアの記述によれば、人間の“便”の大部分を構成しているのは、「水分(60%)」と「腸壁細胞の死骸(15%~20%)」「細菌類の死骸(10%~15%)」などで、食べ物の残滓は5%程度に過ぎないらしい。体内に蓄積…

中国の少数民族問題

中国政府のウイグル人やチベット人に対する弾圧は、かなり前から取り沙汰されている。最近、その「弾圧」は激しさを増しているらしい。 しかし、中国を訪れたこともない私に、実状がどうなっているのか判断するのは難しい。 トルコの「クルド問題」等々への…

トルコ語の時代?

2014年に亡くなったクルド人の友人は、まだ元気だった頃に、イランを旅行していた。2010年か2011年だったと思う。 友人は西北部のタブリーズで、非常な歓迎を受けたそうだ。タブリーズの辺りは南アゼルバイジャンとも言われ、住民の殆どがアゼル…

米国が企てたトルコの分割

《2019年10月13日付け記事を修正して再録》 ソビエト崩壊後、戦略的な価値が半減したトルコに対して、米国はあからさまに分割を企図するようになったという。 2006年9月には、NATOのセミナーで米軍将校の講師が、トルコ人将校らに「分割さ…

トルコ人・クルド人・アラブ人

《2015年10月15日付け記事の再録》 中学か高校になって、世界史を習い、清朝の皇帝は満州族であると教わったけれど、私にはこれが何だか奇異に思えてしょうがなかった。その後も、世界史では、ソビエト・ロシアの独裁者スターリンがグルジア人だった…

トルコと日本の「母語の問題」

2011年の7月まで4年近くの間、イスタンブールのエサットパシャで、友人たちとシェアしながら借りていたアパートの家主のビュレントさんは、トルコの東端カルス県出身のクルド人だった。当時、37~8歳ぐらいじゃなかったかと思う。ペンキ塗装屋を経…

トルコにおけるクルド人の母語の問題

一昨日(6月3日)のハベルテュルク紙のコラムに、ムフスィン・クズルカヤ氏がとても興味深い記事を書いていた。 ムフスィン・クズルカヤ氏は、トルコ南東部のイラク国境に接するハッキャリ県出身(1966年生)のジャーナリスト。ハッキャリ県はディープ…

クルド人民兵の評判

90年代、南東部でクルド武装勢力PKKと戦っていたのは、コルジュと呼ばれる民兵だったと言われたりしている。コルジュも地域のクルド人らによって組織されていたので「あれはクルド人とクルド人の戦いだった」と言う人もいる。 その中で、クルド語を話し…

非常事態宣言下の旅

《2014年10月14日掲載記事の再録》 クズルック村にいた頃(1999~2003)、近所に高圧電線敷設の技術を持った男がいて、時々、長期間泊り込みで地方へ出かけては、敷設作業に携わっているようだった。いつだったか、その男が南東部ディヤルバクル周辺…

沖縄の問題~クルドの問題

もしも沖縄の人たちが、この駄文を読んでいたとしたら、かなり不愉快に思う人も少なくないのではないかと恐れる。「我々の独立の主張をもっと真摯に取り上げてくれ!」と憤る方もいるかもしれないが、それとは真逆に「我々も普通の日本人である」と抗議する…

沖縄とクルド

この「川崎の産廃屋」で沖縄の人たちと1年の間共に生活して得た見聞は忘れ難い。それまで3年にわたってトルコで暮らしながら、「クルド問題」などを部外者の視点から多少興味本位に見ていたけれど、日本にも「民族問題」が存在しているのではないかと切実…

ノーベル賞化学者のトルコ民族主義

2015年、ノーベル化学賞を受賞したアジズ・サンジャル氏に電話でインタビューした英国のBBC放送は、まず始めに「貴方はアラブ人なのか?」と問うたそうである。これに立腹したサンジャル氏は、「ジズレで生まれたとしても、カルスで生まれたとしても…

トルコの10年前と現在

この10年のトルコの変化を振り返って見ると、与党AKPと野党CHPの立ち位置が逆転してしまったかのようである。10年前、CHPは野党ではあるものの、アタテュルクの政党として共和国体制の守護者をもって任じており、EU加盟を目標に掲げながらク…

「トルコ人は生まれない・・・」

韓国語は、もとより仕事に使える技術として身に着けるつもりで勉強し始めた。トルコ語にそういった明確な目標があったわけじゃない。当初は一年ぐらいトルコで勉強して日本へ帰り、また韓国関連の仕事へ戻ることも考えていた。 それが何故、20年以上関わる…

北イラク・クルド自治区と北シリア

昨日、ワシントンで開かれた反IS連合の外相会議に出席したチャヴシュオール外相は、トルコによるIS掃討戦の過程を説明すると共に、シリアのクルド武装勢力YPG/PKKがテロ組織であることを改めて強調したという。 10日ほど前には、北イラク・クル…

トルコは欧米から不当に扱われている

20年以上暮らしたトルコは、私にとって第二の故郷と言える。そのため、何かにつけてトルコの肩を持ちたくなってしまうかもしれない。 しかし、公平に見ても、国際社会の中でトルコほど不当に扱われている国は珍しいのではないかと思う。 100年前の西欧…

MIT(トルコ国家情報局)の前長官エムレ・タネル氏

先日、ネットで色々検索していたら、MIT(トルコ国家情報局)の前長官であるエムレ・タネル氏が、アルジャジーラ紙トルコ語版のインタビューに応じた2016年11月9日の記事が出て来た。 トルコ人女性ジャーナリストの問いに答えたタネル氏は、自身も…

トルコでいったい何が起こっていたのだろう?

旧ホームページに書いた数年前の駄文をこのブログで再掲載する作業を進めながら、トルコ関連の記事を読み返してみると、書いた当時は気づかなかったことに「おや?」と思ったり、「そういえばあれはどうなってしまったんだろう?」と考えさせられたりする。 …

米国が企図したトルコの分割?

トルコのメディアを見ていると、「公共料金の値上げは戦費調達のためだから仕方ない」といった記述が出て来たり、「戦争に反対するのはPKK国家に賛成ということだ」なんて見出しが躍っていたりする。もはや戦時体制に近い状況であるかもしれない。 ソビエ…

トルコとアメリカの深層国家/トルコ軍による「平和の泉作戦」

*訂正 深層国家を「深層政府」と間違って表記していたので訂正しました。 深層国家(deep state)という表現は、米国でも使われているそうだけれど、これはトルコ語の「derin devlet(深層国家)」に由来しているらしい。 この「derin devlet(深層国家)」…

トルコの最も愛国的な組織

死を覚悟して戦地へ赴く軍人の心理がいったいどういうものであるのか私には想像もつかないが、やはり合理的には考えられない激しい熱情に駆られているのではないだろうか? そして、その熱情を宗教的な信心であるとか、民族主義的なイデオロギーが支えている…

トルコの厳しい現実

イスタンブールの正式な名称は、20世紀の初頭に至るまで「コンスタンティニイェ」だった。当時は、市の人口の半数近くをギリシャ正教徒やユダヤ人のような非イスラム教徒が占めていて、コスモポリス的な雰囲気が漂っていたそうである。 現在は、その殆どが…

どちらが裏切ったのか?

トルコでは、アブドゥルラー・ギュル前大統領やアリ・ババジャン元副首相といったAKPの重鎮らによる新党結成がいよいよ実現するらしい。 エルドアン大統領は、これを裏切り行為であると詰りつけているけれど、どうなんだろう? AKPは、当初、「軍の影…

トルコの人々を悩ませてきたのは・・・・

「メルハバ通信」の記事を書き始めた18年前、トルコでは政教分離の世俗主義とイスラム主義の対立が問題になっていた。日本でも、トルコのイスラム主義勢力が台頭して、イランのような「イスラム革命」が起きるのではないかと論じられたりしていた。 私は、…

オジャラン氏のメッセージ・・・

最近の週末は、部屋に籠ったままネットでトルコの新聞記事を拾い読みして、ここに駄文を書いたりするだけで終わってしまう。何だか何処で暮らしているのか解らなくなる。しかし、やはりトルコのニュースは気になって仕方がない。 先週は、イムラル島の特別な…

トルコの地方選挙・クルド人の動向

4月3日付けハベルテュルク紙のコラムで、ハッキャリ県出身のクルド人ジャーナリストであるムフスィン・クズルカヤ氏が、今回の選挙におけるクルド人の動向を説明していた。要約すると以下のようになる。 1990年代、トルコ政府は、PKKの温床になってい…

少数民族の問題~西洋の悪い風

少数民族の問題がいつ頃から提起されるようになったのか解らないが、「少数民族」という概念も西欧の産物だったのではないかと思う。 その少数民族の問題だが、日本のように殆ど同一の民族から成り立っていた島国の住人はもちろん、大陸でもドイツの人たちは…