メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

2020-08-01から1ヶ月間の記事一覧

英語が解って当たり前の学卒トルコ人エンジニア?

この印刷工場の輪転機は、2008年に韓国製を導入するまで全て日本製だった。私は、その内の1機を施工した日本企業の人たちとも一緒に働く機会を得たけれど、あれも実に素晴らしい思い出として蘇って来る。 その企業には「社長」も「部長」もいなかったら…

シーア派の熱狂とキリスト教/静かなスンニー派の礼拝

今日は、イスラム暦によるムハレム月の10日目「アーシューラー」の日である。西暦680年のこの日に、イマーム・フサインが「カルバラーの戦い」で殺害されたため、シーア派の人々は「フサインの殉教」を哀悼して盛大な行事を催すようになったという。 私…

続・韓国はハイテクに強いが、ローテクはそれほどでもない?/現場主義のトルコ人社長

上記で話題にした輪転機は、全長10m以上になる巨大なもので、その価格も桁が違う。テスト運転でまともに作動しなかった時は、トルコ側が真っ青になっていた。製造を請け負ったのは、韓国で設立されて間もない小規模な企業だったので、結局、直しきれずに…

韓国はハイテクに強いが、ローテクはそれほどでもない?

韓国は半導体などハイテクの分野で目覚ましい飛躍を遂げたが、ローテクの方はそうでもなかったと言われている。 私にはそういった技術関連の問題が皆目解らないけれど、12年前に見聞した出来事は、それと少し関わりがあるような気もするので、ここに記して…

「韓国・財閥総帥の素顔」

1~2ヶ月ほど前、YouTubeで以下の動画を観た。1986年の3月にNHKで放送された「韓国・財閥総帥の素顔」というドキュメンタリー番組であり、私はリアルタイムでこの番組を観ていた。当時は、韓国への語学留学も考え始めていた頃だから、それこそ食い…

ビールで乾杯!(「トルコの海底ガス田発見を祝して」ではないけれど・・・)

昨日、大阪の「なんばシティ」で高校同期の友人とビールを飲んだ。 「なんばシティ」はコロナの影響なのか人通りも未だ少なく、ビールを飲んだ店も随分暇そうな雰囲気だった。早く普通の社会生活へ戻らなければならないのに、いったいどうなってしまったのだ…

元文化観光相エルカン・ムムジュ氏へのインタビュー

先月、22日にトルコのテレビ番組で放送された「元文化観光相エルカン・ムムジュ氏へのインタビュー」をYouTubeで観た。 ムムジュ氏がテレビ番組に出演したのは、なんと15年ぶりのことだったらしい。ムムジュ氏は、2005年に文化観光相を辞任して、A…

バイデンかトランプか?

最近、トルコでは、米国民主党の大統領候補となったバイデン氏の発言が話題になっているようだ。 それは、バイデン氏が、7~8カ月前に「ニューズウィーク」の紙面で明らかにした発言であり、何故、今頃になって取り沙汰されているのか、背景は未だはっきり…

トルコ・日本・韓国・それぞれの歴史にまつわる悩み

《2016年10月10日付け記事の再録》 トルコの人たちから、「貴方は、“ブディスト”ですか、“シントイスト”ですか?」と良く訊かれる。以前は、これに「両方です」などと簡単に答えていたけれど、そのうち、『果たして、この問いは、日本語にどう訳したら良いの…

2015年8月のソウル

《2015年8月26日付け記事の再録》 ソウルでは、2年前と同じ大元旅館に宿泊するつもりでいたけれど、インチョン空港でソウル駅行きの電車に乗ってから、果たしてこの先、地下鉄の何号線に何処で乗り換えて、何処で下りるのか、何も覚えていないことに気が付…

トルコと韓国の家庭料理

昨日、1988年にソウルで訪れた韓定食の名店に関する記述をネットで探してみたけれど、結局、見つからなかった。「미원(ミウォン)」という店で、漢字表記は「味元」じゃなかったかと思う。地下鉄の「성신여대(ソンシンヨデ・誠信女大)」駅の近くだっ…

韓国料理:「サムギョプサルは戦争なのよ!」

子供の頃、母が購読していたNHKの「今日の料理」が届けられると、私もその殆どのページに目を通していた。中学生ぐらいになると、掲載されている簡単な料理を自分で作ってみたりすることもあったが、大概はレシピを参考にするためじゃなくて、料理に興味があ…

ハングル事始め:「我々の子供たちは我々の民族学校へ」

1985年、私は上記の産廃屋で働いていた時に韓国語の勉強を始めた。 この会社へ来る前にも、韓国・朝鮮に対しては多少の興味を持っていたけれど、それは中国やシルクロードへの憧れに付随したものに過ぎなかったような気もする。 韓国・朝鮮を初めて身近…

日本の「朝鮮高校」と韓国の「大和高校?」

1983~5年、私が上記の川越にある産廃屋で働いていた当時、川越から所沢にかけての地域には、同様の産廃や廃品回収の業者が多かったけれど、経営者の殆どは在日韓国・朝鮮人か、さもなければ被差別部落系の人たちだったのではないかと思う。 しかし、社…

サウナの会話:「俺みたいな韓国人?」

先週、姫路の銭湯に付設されているサウナで汗を流しながら、周囲に座っている人たちの会話に耳を傾けていた。 最初、隣に座った40歳ぐらいの刺青男が、私の方へ向き直って、「ワイン1本2万6千円は高いね」と笑ったので、『えっ?』と思ったら、どうやら…

産廃屋の思い出/(1)犬の災難

《2008年7月の記事を書き直して再録》 1983年、23歳になって、もう少し収入を増やそうかと思い、スポーツ紙の求人欄に出ていた「35万上確・4tダンプ」の文字に引かれ、川越にある産業廃棄物処理の会社の寮に住み込んでダンプの運転手をやるこ…

産廃屋の思い出/(2)扉に穴

《2008年7月の記事を書き直して再録》 産廃屋の思い出は、なにしろ随分前の話だから、一つ一つの出来事は鮮明に覚えているけれど、順序や時間の経過などが殆ど記憶に残っていない。 それで、これから紹介するノダさんという人が、いつ頃入って来たのか…

産廃屋の思い出/(3)土方の親方

《2008年7月の記事を書き直して再録》 今はどうなっているのか解らないけれど、私が産廃屋にいた頃は、建設現場への人夫出しは大概ヤクザ会社がやっていた。こういう会社は、現場の土方仕事を請け負っていて、要するに現場の何でも屋さんである。 当時…

産廃屋の思い出/(4)倒産業者

《2008年7月の記事を書き直して再録》 私たちが住んでいたプレハブの前はダンプの駐車場と産廃の保管地になっていて、対価を払って廃棄物を投棄する外来の業者もいた。 ある時、そんな業者の一つが定期的に廃棄物を投棄したあげく、支払を滞納したまま…

産廃屋の思い出/(5)失踪事件

《2008年7月の記事を書き直して再録》 前回、お世話になった社長の恐ろしげな話を記してしまったけれど、あの社長には厳しいだけじゃなく情の濃い一面もあった。また、朝鮮の人らしく長幼の序を重んじていたのか、自分(45歳ぐらいだった)より年上で…

産廃屋の思い出/(6)三十六計逃げるに如かず

《2008年7月の記事を書き直して再録》 当時、現場の始業時間は何処でも8時ぐらいだったけれど、都内の現場へその時間に着けようと思えば、早朝、道が混む前に出発しなければならなかった。 そのため、大概、朝5時前に出て、6時半頃には現場に着いて…

産廃屋の思い出/(7)ふざけるな?

《2008年7月の記事を書き直して再録》 前回お伝えしたスコップを手にしての積み込み作業、あれは結構しんどかった。コンクリを破砕したガラが多かったものの、残土を積まされることもあった。 大概の場合、荷台の後ろと片側だけに高さ1mぐらいのベニ…

昨日の散財/照ノ富士関の復活優勝を祝して・・・

昨日、明石の「魚棚商店街」で、日本酒の希少な銘柄が揃ったお店を覗いて、結局、2本買って来てしまった。 その内の1本は、シャンペンのような発泡性のお酒だから、開けたら直ぐに飲んでしまわなければならない。というわけで、昨晩は久しぶりに酒を2合も…

明石焼き!

今日、夜勤明けに三ノ宮で少し時間を潰してから明石に寄って来た。今まで帰りに何度か明石で途中下車してみようかと思ったけれど、夜勤明けでは朝9時前に明石へ着いてしまう。そんな時間では何処のお店も開いていないだろう。今日は明石の駅に降り立ったの…