メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

サウナでポカポカ~チーズで満足!

昨日は夜勤明けに神戸サウナでゆったりしてきた。

「ワクチン接種した医療従事者は無料!」という特典を利用したので、なんだかとても得した気分だった。

しかし、この特典の利用者は、まだ私で2人目だったという。なんだか、これで接種のインセンティブが高まるほどの効果は期待できないように思えた。

ワクチンの有効性がどれほどのものであるか私には解らない。それほど信じているわけでもない。しかし、「高温サウナは免疫力を高める!」という信仰には全く揺るぎがない。

サウナと冷水を繰り返しながら、『これで暫く病気にならない』なんて思ったけれど、弱い頭にはこういう暗示が何よりも有効だろう。これが「病は気から」ということなのかもしれない。

身も心もポカポカになってサウナを後にしてから、京町筋通りに出て、「フロマジュリーミュウ」というナチュラルチーズの専門店に行ってみた。

数日前にネットで発見してとても気になっていたが、チーズの種類も豊富で、お店の方の説明には、チーズに関する並々ならぬ知識と愛情が感じられ、想像以上の素晴らしさだった。

色々お話を伺った末、「リヴァロ・レーシュ」というフランス産のチーズを一つ購入して帰り、久しぶりワインを飲んで、このチーズを味わった。相当に熟成が進んでいるのか、実に複雑な風味で味わい深い。安物のワインで申し訳ないような気がした。

しかし、トルコ産のチーズはもちろん無かったし、ギリシャのフェタも申し訳程度に1種類だけ置かれていたのは少し残念である。

以下のトルコの「草入りチーズ」などは、結構、受け入れられるかもしれない。

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「女性差別」で思い出した「司令官」の事件

日本で報道されるトルコのニュースには、偏見に満ちた話が多くてうんざりさせられる。最近は、EUのミシェル議長にライエン委員長がエルドアン大統領と会見した際、女性のライエン委員長へ椅子が与えられなかったのは「女性差別」だと、また騒いでいる。

チャヴシュオール外相が明らかにしたところによれば、プロトコールはEU側の要望に沿って決められていたという。この表明に対しては、EU側から特に抗議の声も上がっていないようだから、おそらく事実なのだろう。

そもそも、男女平等であるならば、プロトコールに役職の区別はあっても、性別による配慮などないはずである。

例えば、男が必ず女性に席を勧めて、自分は立っているのが礼儀なら、それは「性差」を認めていることにならないだろうか?

トルコでは、多くの識者が、プロトコールを無視してエルドアン大統領の判断に任せていれば、女性を座らせていたに違いないと指摘している。エルドアン大統領は決して女性差別主義者じゃないが、男女の性差を認めて、幾分女性には甘いと思われているからだ。

日本でも、東郷平八郎といった明治の軍人たちが夫人と共に撮った写真を見ると、その殆どが夫人を座らせて、自分はその横に立っている。そこには留学した英国の影響もあるかもしれないが、武士道でも女性は保護すべき対象だから、弱き女性を座らせるのが当然だったのだろう。

欧州が男女平等を唱えながら、「レディーファースト」に拘るのは相当矛盾していると思う。おそらく、トルコとエルドアン大統領を中傷するネタを探して、ここまで至ってしまったに違いない。この問題にこれ以上留まるのは何だか阿保らしくなってしまう。

そこで、これと全く関係のない、「女性差別」で思い出した話から書いてみたい。

思い出したのは、20年ほど前、トルコのラジオ放送で聴いた以下のジョークである。

女性差別の激しいアラブのクェートで、かつて妻は夫の後に従って歩かなければならなかったが、最近は妻が夫の前を歩くようになった。何故なら、湾岸戦争以来、地域では地雷の危険性が高まっているから・・・。-

こんなジョークを記憶に留めているのは、面白かったわけじゃなくて他に要因がある。

そのラジオ番組を聴いていたのは、当時、働いていた日本企業のイスタンブール・トゥズラ工場へ朝出勤する車中だった。

車に乗っていたのは、会社が寮として提供していたアパートに同居していた3人。私とヒュセイン、そしてコムタン(司令官)と呼ばれていた年配の社員である。

我々3人は、皆、アダパザル県のクズルック村にある本工場の社員で、トゥズラの工場へ短期で出向していた。そのため、週末になると一緒にクズルック村へ帰った。

司令官は、元軍人だったのでそう呼ばれていたけれど、立派な体格と実直そうな雰囲気は如何にも司令官で、冗談が全く通じない所もそれらしかった。

あの朝も、ラジオ放送のジョークに、私とヒュセインが大笑いしているのに、司令官は「その話の何処が面白いのか?」と首を傾げるばかりだった。

「冗談の通じない司令官」のもう一つの例は以下の通りである。

車中でヒュセインが「Esra」という女性の社員を話題にしながら、「あれも変わった女だな。マコト、彼女の結婚前の旧姓覚えているか?」と私に訊くので、「Rengizじゃなかったかな?」と冗談で返した。「esrarengiz」と続けて読めば「怪しげな」という意味になるからだ。

ヒュセインは直ぐ気がついて大笑いしたが、司令官は真面目な顔で、「マコト、トルコにそういう姓はないよ」と言い、ヒュセインは「司令官殿に冗談は通じない!」とまた大笑いした。

ところが、この司令官には、冗談で済まされない問題があり、それから間もなく会社を首になった。

司令官は実直な雰囲気が買われて、工場の食堂で使う砂糖やコーヒーといった消費財を管理する仕事を任されていたのに、なんと大量の消費財を業者に横流ししていたのである。

それも、工場の食堂の脇に業者の車を着けさせて運び出すという大胆な手口だったらしい。

しかし、私が驚いたのは、この事件そのものより、事件について語ったトルコ人管理職社員の言葉だった。

その管理職社員は、強固な政教分離主義者で、常々イスラムを貶し、トルコ軍を賛美していたけれど、司令官に対して、「彼は軍勤務が長かったため、あれが悪いことであるとは思っていなかったのかもしれないなあ」と言いながら、同情を寄せていたのである。

実際、横流しした砂糖やコーヒーは大した金額でもなかっただろうから、ちょっとした小遣い稼ぎぐらいに思っていたのではないか。

当時(20年前)のトルコでは、軍に限らず、役所など様々な機関でそういった「緩み」が生じていたのかもしれない。

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ワクチン接種とパソコン購入

当初は「4月1日」に予定されていた二回目のワクチン接種、前々日になってから延期されてしまったため、「こりゃ、ワクチンも嘘になってしまうかな?」と思っていたけれど、接種は一昨日の4月9日に実施され、今のところ、これといった反応も起きていない。

私はこの欄でも「コロナは騒ぎ過ぎ」と繰り返し主張してきたので、いち早く接種を受けてしまい、なんとなく申し訳ないような気がするものの、会社から「強く要望」されたので仕方がない。

副反応の話も聞いているが、コロナの重篤化と同様、こちらの確率も現状では僅かなものだから気にする必要はないと思う。要するに、やってもやらなくても大した変わりはなさそうである。

私にとっては体の調子よりも、昨日、愛用のパソコンが最期を迎えてしまったことの方が大変だった。

2015年の夏から使ってきたレノボのノートパソコンで、それまで使ってきたパソコンの中で最も廉価で最も問題が少なかった。そのため、なんだか突然の最期に慌ててしまった。以前のパソコンで見られた誤作動といった予兆が殆どなかったからだ。

「最期」の原因は解っている。一週間ほど前、パソコンの横に置いたカップへコーヒーを注ぐ際にこぼしてしまい、「大丈夫かな?」と心配したが、数日、なんともなかったので安堵した矢先だった。昨日、夜勤明けの朝、起動したら画面が真っ赤になっていたのである。

イスタンブールに居た頃も、ジュースをこぼして同じような状態になったことがあるけれど、イスタンブールでは僅かな金額で修理してくれる小さな業者が直ぐ見つかったので助かった。日本では買い換えた方が安いくらいじゃないかと思う。

夜勤明けだったので、まずひと眠りしてから姫路の大型家電店へ行き、同じレノボの廉価品を購入した。パソコンが無ければ一日たりとも過ごせない。不便で大変なことになる。

廉価とはいえ、結構な出費で痛かったが、そろそろ新しい機種にしなければならない時期だったから諦めもつく。ワクチン接種より遥かに重要な事案だろう。

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韓国と北朝鮮の「愛国歌」

20年ぐらい前だったと思う。日本で開催された冬季競技の国際大会で、優勝した韓国の選手が表彰台に上がったところ、手違いで北朝鮮の「愛国歌」が流れるという事件があった。

日本の関係者は、「韓国の国歌も曲名は同じ『愛国歌』なので間違えてしまった」と弁明に努めたが、韓国側はこれに納得せず、「我が国ならそういうミスもあるだろう。しかし、日本の人たちは決してそういうミスを犯さない。あれはわざとやったに違いない!」と凄まじい勢いで抗議した。

確かに、20~30年前の日本では、電車の発着等々、あらゆることが正確に進められ、些細なミスも余りなかったような気がする。ところが、最近の日本はそうでもなくなって来たかもしれない。

一方、韓国では、20年前でも「ケンチャナヨ(構いませんよ)」という大雑把さが揶揄されたりしていた。私は、かえってその大雑把で豪胆なところが好きだったものの、最近は、かなり細かい規則にもうるさくなって来たそうである。

「愛国歌」の手違いがまた起きてしまったら、今の韓国の人たちは何と言うだろう? 「日本にはそういうミスも多いから」と言って勘弁してくれるだろうか? 勘弁してくれたら、もっと辛くなるような気もするけれど・・・。

いずれにせよ、「愛国歌」は双方とも、各国国歌の中で際立つ名曲じゃないかと思う。

しかし、いつだったか、朝鮮高校出身の友人の前で、「아침은 빛나라 이 강산~♪(朝に輝くこの山河~♪)」と愛国歌の出だしを歌って見せたところ、「何、それ?」と訊かれて驚いた。

朝鮮語も殆ど話せなかったくらいだから、不良学生で授業なんて余り聞いていなかったのかと思ったが、聞くところによると、本国の北朝鮮でも、式典などで歌われるのは「将軍様」を称える歌ばかりで、「愛国歌」は、もう随分前からインストルメンタルで流されるだけらしい。

「愛国歌」を聴くと、独立して国家建設に臨む意気込みが伝わって来るようで感動する。建国当初は、共産主義の理想に燃える人たちも多かったに違いない。それがいつの間にか「将軍様」の国になってしまったようだ。

もちろん、韓国では「愛国歌」が今でも愛され歌われ続けているのではないかと思う。

どちらの「愛国歌」が好きかと問われたら、やはり韓国の「愛国歌」と答える。

北朝鮮の「愛国歌」のような派手さには欠けるものの、穏やかでしみじみとした美しさが感じられる。

歌詞も味わい深い。私は今でも一番だけなら空で歌うことができる。

最後の「괴로우나 즐거우나 나라 사랑하세~♪(辛くとも楽しくとも国を愛さん~♪)」というフレーズが泣かせるけれど、何だか将来は、日本の国歌にこそ、そういう文句を入れなければならなくなってしまうのではないかと思えて悲しい。


 

 

 

「イズミルの冬の思い出」

《2007年2月10日付け記事を省略修正して再録》

1991年に初めてトルコへやってきて、温暖なエーゲ海地方のイズミルで一年を過ごしたけれど、冬は結構寒かった。温暖なイズミルでは、冬の備えが甘く、寝起きしていた学生寮の暖房も粗末なものだったからだ。

2段ベッドを3つ並べた寮の6人部屋には、電熱線がむき出しになっているヒーターが1つだけ置かれていた。我々寮生は、寒い夜に、そのヒーターでインスタントのスープを作ったりした。

トルコのスーパーでも売っているクノールの野菜スープやチキン・スープの素を適当に混ぜ合わせて鍋に入れ、ヒーターの上でゆっくり煮立たせれば、美味しいスープが出来上がる。

それを、銘々がスプーンを持ってヒーターの周りに集まり、鍋から直に掬って飲むのである。皆、一様に背を丸めながら鍋に向かい、「寒い冬には暖かいスープが一番だね」とか「今日は野菜スープの素を入れなかったんじゃないのか? やっぱり何種類か混ぜた方が美味しくなるよ」などと年寄りくさい会話を交わした。

電熱線むき出しのヒーターは寒かったけれど、そうやって鍋を囲むと、実に暖かな雰囲気が醸し出され、その和やかさは忘れ難い思い出となっている。

しかし、この電熱線むき出しヒーターのお陰で危うく火事になりかけたこともあった。

ある晩、真中のベッドの下段に寝ていた私がふと目を覚ますと、隣のベッドの枕元がボオッと明るくなっている。寝ぼけ眼で『何だろう?』と思いながら見ているうちに、『あっ! いかん。何かが燃えている』と気がつき、ベッドから飛び起きて良く見たら、ヒーターの上で下着のシャツが一枚燃えているのである。

私はすかさず近くにあった棒切れで燃えているシャツをすくい上げ、「ヤングン(火事)! ヤングン!」と叫びながら、そのまま部屋を出てシャワー室へ直行し、燃えるシャツに水を掛けて火を消しとめた。

それから、『我ながら実に適切な処置であった』と意気揚々に部屋へ引き上げたところ、部屋の連中も皆起き上がっていて、「おい、マコトが叫んでいるの聞いたかよ。『ヤングン! ヤングン!』。ヤングンだなんて可笑しいったらありゃしない」などと失礼なことを話している。

「だってあれは、ヤングン(火事)だろ?」と言い返しても、「あれがヤングン(火事)なものか。シャツが一枚燃えていただけじゃないか」と皆して愉快そうに笑うばかりだった。

この連中、震度2ぐらいの僅かな揺れでも、大騒ぎして外へ飛び出すくせに、本当の危機に際しては至って平然としていた。

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「細雪」を歩く・京都

3月31日は、嵐山から四条大宮に出て、また平安神宮まで歩いた。

途中、「木屋町通り」や「白川筋」で観た桜もなかなか味わい深かった。「細雪」に京都の桜は格別であるかのように記されているけれど、そういった感性とは無縁である私にも、それは充分に実感できた。

昼は、四条大橋を渡ってから、「松葉」(北店)で「にしんそば」を食べた。

私の記憶に誤りがなければ、中学の修学旅行以来、およそ46年ぶりの「にしんそば」だった。修学旅行では、わざわざガイドブックで調べて、自由時間に元祖の「松葉」まで行ったと記憶している。

その後も「にしんそば」を食べる機会は何度かあったものの、「松葉」を訪れたのは、あれ以来じゃないかと思う。たくさん歩いてお腹も減っていたから、もの凄く美味しかった。もう少しゆっくり食べれば良かった。

細雪」に、三姉妹が松葉で「にしんそば」を食べたという記述はない。蒔岡家の人たちが立ち寄るのは「瓢亭」といった敷居の高そうな店ばかりだ。私の経済力ではとても無理である。松葉の「にしんそば」でさえ「高い」と感じていた。

細雪」には南京町で中華料理を食べる場面も出て来るけれど、ここでも食べているものが凄い。

「アヒルの皮を焼いたのを味噌や葱と一緒に餅の皮に包んで食べる料理」というのは「北京ダック」のことであるような気もするけれど、「鳩の卵のスープ」なんていったいどういう料理なのか? 今では相当高級な中華料理屋に行かなければお目に掛かれないだろう。

子供の頃、横浜の中華街で、鶏の手羽先を甘酢で仕上げた料理に喜んでいた私には想像もできない世界である。

しかし、こうして贅沢を楽しむ人たちがいなければ、「細雪」に描かれている文化の継承は困難であるに違いない。残念ながら、現時点でもその半分ぐらいは既に失われていると思う。

昨今はコロナ騒ぎのため一層難しくなっている。

だから、政治家さんも含めて、経済的に余裕のある人たちは老舗の料亭などでどんどん会食を楽しんでもらいたい。

素寒貧の私も、たまには「餃子の王将」に行って、街の灯を絶やさぬように頑張ります。

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イスタンブールのイースター(復活祭)「アルメニア教会の賛美歌」

イスタンブールに住んでいた頃は、毎年、クリスマスやイースターの季節が巡って来るのを楽しみにしていた。

私には何の信仰もないし、クリスチャンでもないけれど、イスタンブールギリシャ正教徒のマリアさん宅に間借りしていた2004~5年のクリスマスとイースターは、マリアさん家族と共に祝った。

転居した後も、マリアさんはクリスマスとイースターに私を呼んでくれた。2007年にマリアさんが亡くなってからは、娘のスザンナさん、孫のディミトリー君とクリスマス、そしてイースターを祝った。

マリアさん家族はギリシャ正教だったが、イスタンブールには、カトリックアルメニア正教、ロシア正教の各教会があり、それぞれの祝祭日も異なっていたりした。

例えば、2021年、カトリックアルメニア正教では、今日(4月4日)イースターを祝うが、ギリシャ正教ロシア正教東方正教会イースターは5月2日である。

イスタンブールでは、アルメニア正教のイースターミサに参列して、また1ヶ月近く後にギリシャ正教ロシア正教のミサに出かけることもあった。

伝統的な各正教のミサは美しい。特にアルメニア正教のミサでは、賛美歌が歌われる中でシンバルが打ち鳴らされ、とても荘厳な雰囲気が感じられた。

オスマン帝国時代のコンスタンティニイェ(イスタンブール)で、アルメニア人の名工によって作られたシンバルは世界的な評価を得ているそうだ。

www.youtube.com 

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Surp Asdvadzadzin Ermeni katolik kilisesi