メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコで猫を食べた日本人

先週、トルコ在留の日本人が野良猫を食べて逮捕されるという忌まわしいニュースが伝えられた。

今日、トルコ語で検索してみたところ、どうやら事件に関連した新規の報道は見当たらないようなので、それほど大きな話題にはなっていないかもしれない。

これにまずはホッとしたけれど、事件や犯人の男の詳細を知る手掛かりも得られなかった。

当初の報道によると、この男は2012年にも空港(トルコの?)で覚醒剤所持によって逮捕され服役(トルコの刑務所で?)した後、保護観察付きで出所していたらしい。

今回の一件で男は日本へ強制送還されるそうだが、何故、2012年の段階では強制送還とならなかったのか良く解らない。

野良猫の虐待と言えば、私は1989~91年にかけて住んでいた東池袋のボロアパートで起きた事件を思い出してしまう。

当時、四畳半一間でトイレも共同というボロアパートでは、そもそも、私も含めて余りまともな入居者はいなかったけれど、向かいの部屋にいた40歳ぐらいの男は際立って異様な雰囲気を漂わせていた。

例えば、1階の共同トイレも空いているのに、玄関前の路上で立小便したりするのである。

ある日、その男が窓から猫を吊るしていたぶっているのを、隣の家の人が目撃したというので、アパートの管理人のおばさんが、留守中に合鍵を使って部屋の内部を確かめたところ、黒いビニール袋の中にまだ生きている猫が数匹縛られた状態で見つかったそうだ。

おばさんは驚いて警察に通報したものの、当時はまだ「動物愛護法」といった法規もなかったため、警察としては介入することができなかったらしい。

それでも、男の身元などを調べてくれて、それによると、男は入居前、精神病院に入院していたという。

後日、アパートまで様子を見に来た精神病院の先生の話を管理人のおばさんから聞いた。

先生は「猫を虐めて発散しているため、容態は安定している。猫に何もしなくなったら、もっと危険なので連絡して下さい」と言って帰ったそうである。

おばさんは「そんなこと言ったってねえ・・・」と納得が行かない様子だったけれど、私は『まあ、人に危害を与えなければ良いんじゃない?』と思っていた。

そのぐらいだから、動物愛護法が制定された時は、『なんと大袈裟な・・・』と少々呆れてしまった。

しかし、昨今の猟奇的な犯罪の報道を見ると、犯人の多くが人へ危害を加える前に「動物を虐待する」といった予兆を見せていたらしい。

動物愛護法は、そういった犯罪を未然に防げるかもしれないが、さほど長くない服役を経て出所した者は、さらに危険な状態になっているかもしれない。

いったいどうしたら良いのだろう?

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まだまだ続く長く曲がりくねった道

昨日、6月20日は私の誕生日だった。

かつては、1年の区切りとして正月を意識することがあっても、誕生日などは知らぬ間に過ぎていた。

ところが、「Facebook」等を使い始めたら、自動的に誕生日が通知され、友人たちから祝いの言葉が届くようになり、否が応でも意識させられてしまう。

今年で私は61歳になったらしい。気持ちは30~40歳の頃と殆ど変わらないから何だか不思議な感じがする。場合によっては、自分をまだ高校生ぐらいの子供じゃないかと思ったりしているのだ。

1991年、トルコのエーゲ大学で知り合ったパレスチナ人の留学生は、欧米から来ているクリスチャンと議論になると、向かい合っている彼らから見えるように、紙切れに9と書いてテーブルの上に置き、「この数字は何ですか」と訊く。彼らが9と答えたら、「さあ、私には6に見えますが」とやりかえしていた。

そうやって「61」を逆から見れば「19」になるだろう。そのつもりで、これからも青春の長く曲がりくねった道を歩いて行くことにしよう。

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パソコンのサービスセンターもテレワーク?

先週の日曜日(13日)の朝、夜勤から帰ってネットを見ようとしたら繋がらなくなっていた。

ネットがようやく繋がったのは16日の夜、結局、パソコンのシステムを初期化して解決した。

そこへ至るまで、パソコンのサービスセンターに何度か電話したけれど、担当スタッフの説明はいずれも非常に解りやすかった。

まあ、私みたいな惚けたおっさんから問い合わせが来るのは日常茶飯事だろうから、彼らにとっては手慣れたプロセスだったに違いない。

男性のスタッフが対応してくれた時は、他のスタッフの声も聞こえていたので、実際にサービスセンターのような所で対応していたのだろう。

一方、女性のスタッフの対応では、小さな犬の吠える声が聞こえてきた。多分、在宅のテレワークだったのではないかと思う。

スタッフはとても恐縮していたけれど、長閑な雰囲気で微笑ましい感じさえして、何処にも不都合はなかった。

しかし、2003年の「アコムむじんくん」での出来事を思い出したら、『ひょっとして、あの監視センターも今はテレワークなんだろうか?』とつまらないことが気になった。

あの「むじんくん」は、無人と言いながら個室内をカメラで監視しているようだったが、もしも、自宅で私の失態を監視していたら、果たしてどうなっていたのかと思ったのである。

一緒に画面を覗き込んでいる家族の人たちは必死に笑いを堪え、犬は嬉しそうにワンワン吠えたかもしれない。

そんな場面を想像したら何だか可笑しくなってしまう。

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祖国とは腹が満たされる所である

トルコ語に以下のような諺がある。

「İnsanın vatanı doğduğu yer değil, doyduğu yerdir.(人にとって祖国とは、生まれた所ではない、腹が満たされる所である)」

「doyduğu(ドイドゥー:腹が満たされる)」になっているのは、「doğduğu(ドードゥー:生まれた)」と語呂を合わせるためだろうから、「生きていける所」といった意味に考えても良いのではないかと思う。

こんな諺があるくらいだから、トルコの人たちは、生まれたトルコで生活が厳しくなれば、外国へ移民するのも躊躇ったりしない。

トルコに限らず、戦乱が続いたり他国の侵略を受けたりした大陸の国々では、やはり簡単に移民してしまう人たちが少なくないように思える。

国籍への拘りも余りなさそうだ。昨年は、トルコ在住の韓国人の友人が国籍を取得してトルコ国民になってしまったことに驚かされた。

国家が、いくら愛国思想を喧伝しても、人々は柔軟に対応してしまう。愛国思想より何より、まずは生きて行かなければならない。背に腹は代えられないのである。

生きて行くために、働いて生活費を得る。そこに働く所が無かったら、何処へでも行く。職を得て生活が成り立てば、そこが「祖国」になるのだと思う。

私はトルコを「第二の祖国」と思っているけれど、この伝に従うなら「祖国」とは言えないだろう。生活が成り立たなくなって日本へ帰って来たからだ。


 

50歳と14歳の関係/トルコの「児童性的虐待防止法」

今、日本で「50歳と14歳の性行為の是非」が話題になっているけれど、トルコでは5年前に「児童性的虐待防止法」が発令され、その適用上の問題が議論されていた。

この法律は15歳以下の女子との性行為を一切認めないため、14歳の女子と駆け落ちした17歳の男子も罪に問われて服役を余儀なくされるという事態も生じてしまった。

発覚したのは女子が出産した際に年齢が明らかになったからだという。

つまり、服役中の男子には既に子供がいたわけで、これでは残された妻子も困るだろうと、今度はそういったカップルを救済するための法案が提出されて、議論は盛り上がったようだ。

ミュエッズィンオウル労働社会保障相(当時)も、「40代、60代の男性と14歳の女子の間に、親密な情があったとは考えられない」として、救済の対象から除外されるべきだと発言したりして、与党内からも反発の声が高まり、その救済法案は撤回されてしまったけれど、そもそも「児童性的虐待防止法」は東部の農村地帯に残る「早婚」の風習を根絶させるためのものだった。

だから、如何に自由な意志があったとしても、17歳と14歳の早婚を許すわけには行かなかったらしい。

もっとも、早婚の風習が問題になっていたのは、14~5歳の娘を年齢のかけ離れた男に嫁がせてしまう例が多かったためだという。

アブドゥルラー・ギュル前大統領は、30歳の時に15歳のハイリュンニサ夫人と結婚しているため、これを揶揄する声が絶えなかったけれど、当時もこの「児童性的虐待防止法」があったならば、逮捕されてしまうところだった。

しかし、真の「結婚」であれば、まだかなり良かったらしい。30年ぐらい前、部族社会が残っていた東部では、部族長が村の娘たちに片っ端から手をつけていたなんてこともあったという。

1992~3年頃に観たトルコのニュース番組では、女性のレポーターが東部の村を取材して、50~60歳ぐらいの部族長に村の広場で遊ぶ幼い子供たちを示しながら、「あの子たちも貴方の子供なんですか?」と尋ね、部族長が「多分そうだろ」と事も無げ答える場面があった。

その頃、イズミルで知り合った30歳ぐらいのクルド人男性は、「私の父親は部族長で、母親は手を付けられた娘たちの1人に過ぎなかったため、父親は私の存在さえ知らなかったと思う」と打ち明けてくれた。

彼は6歳の時に、成人していた兄がイズミルへ連れてきてくれたお陰で学校にも入れたそうだ。そのまま村に取り残されていたら、学校にも行けず、トルコ語を学ぶことも出来なかったと述懐していた。

これは正しく根絶させなければならない悪習に違いないが、日本で話題になっている「50歳と14歳の性行為の是非」はどうだろう?

普通に考えれば、トルコのミュエッズィンオウル労働社会保障相が述べたように、「親密な情があったとは考えられない」ということになるはずだ。

しかし、世の中には「普通」の範疇に入らない事象がいくらでもあるから、一概に決めつけてしまうわけには行かないかもしれない。

私は「親密な情」というより、対等な関係であるかどうか問題ではないかと思う。そして、対等な関係のためには、年齢云々ではなく、相互の敬意が重要ではないだろうか? 

相互の敬意が無ければ、同じ年齢でも真っ当な関係とは言えないような気がする。これは単なる友人関係でも同様だろう。

例えば、50歳の男が14歳の女子を尊敬することはあるかもしれない。幼い頃から鍛錬を重ねてきたアスリートの中には、その年齢で既にもの凄い精神世界を築いている例がいくらでも見られるからだ。

しかし、この場合、14歳の女子が50歳の男に敬意を示すことは、まずないように思える。

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トルコでアルコールと豚肉の禁忌はどのくらい守られているのか?

イスラムの教義上の禁忌として良く知られているのは、アルコールと豚肉だろう。

ところが、トルコの場合、飲酒はかなり広範に行われていて、ラクという酒をトルコの伝統的な文化の一つに数える人たちもいる。禁忌を守っている敬虔な信者たちがそれを激しく非難するわけでもない。

一方、豚肉の禁忌は、何処にでも豚肉があるわけじゃないから、破ることの方が難しい。特定の大きなスーパーなどでは販売しているけれど、非常に高価である。それよりも、羊肉や牛肉がよっぽど安くて美味しいと思う。

しかし、近年は国外へ出かける機会の多いビジネスマンの中に、豚肉を平気で食べる人も増えているらしい。

教義上、豚と知らずに食べてしまった場合は許されることを逆手に取って、「国外へ出たら、料理を勧めてくれる人に、何の肉が使われているのか絶対に明らかにしないでくれと宣言して、出されたものは全て食べてしまうんだ」という“敬虔な信者?”もいる。

2003年、東京で数人のトルコ人ビジネスマンを案内した時には、以下のような一幕もあった。

夕食の席で、一行の一人が、その場に居合わせていない同業者について、「昨晩、夕食を一緒にしたら、あの野郎、豚肉を食べてしまったんだよ」と陰口を叩いたのである。

すると、向かいの席に座っていた同僚は、「そんなこと言ってお前は酒飲んでいるじゃないか。酒も豚も禁忌の度合いは同じだぜ」とやり返した。

陰口を叩いた男が、さらに「しかし、あの野郎は、それが豚であることを知っていながら食べていたんだからな」と続けたところ、その同僚は、さも驚いたような顔をしながら、「えっ!? すると何か、お前はこれが酒だってことを知らずに飲んでいるのか?」と言い放った。

これに皆が笑い出してしまったため、陰口を叩いた男も釣られて苦笑いするよりなかった。

また、2006年だったか、日本へ一時帰国した際、親しくしているトルコ人の家族に、日本のお土産として「カレーのルー」を買って来た時のことである。

当時、大学生だった娘さんが日本へ旅行に行ったりしていたので、家族の面々はカレーを良く食べていたものの、お父さんは土産のカレーのパッケージをまんべんなく眺めてから、「日本語の表記しかないが、豚は入っていないだろうね?」と、私に確認を求めた。

『しまった!』と思いながら、原材料の表示を見ると、そこには「ラード」としっかり記されている。

結局、土産のカレーは私が持ち帰ることになったけれど、後日、また家族の所を訪れたら、大学生の娘さんに、「あなたも馬鹿ねえ、なんでお父さんにわざわざ豚が入っていることを話しちゃうの? 黙っていれば皆で食べたのに」と言われてしまった。

この家族、ラマダンには皆で断食していたし、お父さんも酒は飲まない。そのため、娘さんの発言はかなり意外に思えた。

このやり取りを聞いていた彼女の弟も驚いて、「姉さん、豚はダメだ。それぐらい知ってるだろう?」と詰め寄ったところ、彼女は「ほらね、こういう馬鹿もいるでしょ。今度カレーが手に入ったら一人で全部食べることにするわ」と軽くあしらっていた。

その頃、弟はまだ高校生で、もちろん酒を飲んだりしていないが、成人してからも酒の禁忌は守っているようだった。

11年後の2017年、二日酔いで唸っている私を見て、彼は呆れ果てたように言った。

「あなたは50歳過ぎて未だ解らないんですか? 不味くて頭も痛くなるようなものが何で飲みたくなるのか・・・」

私もこれに少し呆れながら言い返した。「おい、飲んだこともないくせに不味いなんて言うな! あれほど美味いものはないんだ」

「何を言うんですか? 私は一通り飲んでみて『不味い』という結論に達しました。ビール、ワイン、ウイスキーラク、なんでも飲んで、全て不味いことが解ったのです」

それは、彼なりに信仰を確かめる実証的なやり方だったという。私は彼の説明を聞きながら目が点になってしまった。

この20~30年の間に、トルコの社会は非常に多様化したけれど、それは信仰の有り方にも反映していたらしい。

常々敬虔な信仰を語っていた若い雑誌の編集者に、「機会があれば、日本の酒をお土産に買ってきて下さい」と言われた時も驚いた。日本の文化を知るためだから、味見するぐらいなら構わないそうだ。もちろん、それは彼の勝手な解釈によるのだろう。いろんな考え方があるものだと思った。

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去勢された黄門様?

最近、テレビ時代劇の「水戸黄門」を観る機会が何度かあった。いずれも里見浩太朗が黄門を演じていたから、最後のシリーズの作品ではなかったかと思う。それでも、10~15年前に放送されたものだろう。

観ていて『おや?』と思ったのは、劇中でまず人が死なないのである。

私は小学生の頃に「水戸黄門」を良く観ていた。1970~72年ぐらい、黄門は東野英治郎だった。

当時は、劇の途中で善人たちも非業の死を遂げる場面がしばしばあったと記憶している。その場面ではお決まりの悲痛なメロディが流されるのである。

もちろん、悪人たちの多くは最後に派手に殺されてしまう。

ところが、その最近観た「水戸黄門」では、悪人たちも「追って沙汰がある」とか言われるだけで、彼らが殺される場面は出て来なかったりするのだ。

善人が死なないのは言うまでもない。だから、あの悲痛なメロディが流されることもない。

「童話や昔話の残酷な結末がハッピーエンドに書き換えられている」という話は聞いていたけれど、大人の観る時代劇までとことんハッピーになってしまったらしい。

これでは、非現実の時代劇より、現実の世界がもっと恐ろしく思えてしまいそうである。

先日、以下の駄文に、「トルコはEU加盟交渉の過程で去勢されそうになっていた」なんて話を書いたけれど、誰も死なない「水戸黄門」では、黄門様も去勢されてしまったようなものじゃないかと思った。

しかし、考えてみると、時代劇の話はともかく、戦後ずっと米国に守られて来た日本は、国そのものが去勢された状態ではないだろうか?

さらに、少子化の要因になってしまった私みたいな男は、比喩的な意味ではなく、それこそ生理的に去勢されたのも同然であるかもしれない。