「クルド人難民」を支援する人たちの動機が何であるのか良く解らないけれど、15年以上続いた長い支援活動の過程で、いったい誰が救われたのだろう?
難民申請を繰り返しながら、長期にわたって日本に滞在し、解体業等でそれなりの収入を得た人たちはいるかもしれないが、様々な事件の報道を聞く限り、あまり幸せな状況にあるとは思えない。
学校教育を受けずに放置され、トルコ語も日本語も満足に話せない子供たちがいるという。なんだか荒んだ家庭の様子が見えてくるようだ。
ところで、「クルド人難民」とは言うものの、実際のところ、彼らの民族性はどうなっているのか? ガズィアンテプ県辺りの出身者であれば、父母の母語もトルコ語である例は少なくないような気もする。
多くの民族が混交したトルコでは、「クルド人」と言っても、それは本人の意識次第ということになるらしい。
クルド語が全く解らなくても自身を「クルド人」と主張する人もいれば、母語がクルド語であっても当たり前に「トルコ人」という認識を持っている人もいるだろう。
それよりも、かつては宗教の属性がアイデンティティーの要素として重要になっていた。
今は大分薄れてきたらしいけれど、「何語を話しているのか」ではなく、「何を信仰しているのか」がアイデンティティーの核を成している場合が多かったのである。
そのため、トルコの社会で「クルド人」が差別されている実態は余り見られないものの、イスラムの異端であるアレヴィー派は明らかに差別されていた。しかし、これも近年は急速に解消されつつある。
もっとも、難民を支援する人たちは、こういった問題にそれほど興味がないようである。
差別され弾圧を受けている「クルド人」がいてくれたら、それで良かったのかもしれない。
トルコから高収入を求めて日本へやってきた人たちも、この「難民支援活動」を巧く利用したつもりだったが、その多くは荒んだ環境の中で救われたとは言い難い状態らしい。
こんなことを言ったら何だが、結局、最も救われていたのは、支援活動に携わっていた人たちだったような気がする。
「可哀そうな人たちを救う」という行為には、おそらく優越意識が伴う。「正義感」のようなものも満足させることが出来ただろう。
つまり、「救う」ことによって「救われた」のではないのか? それは宗教的な信仰に近い感覚であるかもしれない。
パキスタンの物理学者パルヴェーズ・フッドボーイ氏は、2001年に著した「ムスリムと西洋 - 9 月 11 日の後」(学習院大学教授田崎晴明氏訳)という論説の中で、「イスラム教は- キリスト教、ユダヤ教、ヒンドゥー教、あるいは他のすべての宗教と同様- 平和についての宗教ではない。 それは、戦争についての宗教でもない。 どんな宗教も、その宗教の優越性とその宗教を他者に押しつける神聖な権利についての絶対的な信念を扱うのである」と述べている。
宗教の本質とは、意外にこんなところにあるのではないかと思う。
そして有難いことに、優越意識によって自身の信仰を他者へ押し付けようとしたところで、難民支援活動とは異なり、社会不安が生じたりはしないのである。