メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコのキリスト教

「トルコ人」というアイデンティティー

3日ほど前、トルコの南東部クルド・アラブ地域のバットマンで、学生との対話集会に参席したエルドアン大統領に対してクルド語で話しかけた女子学生が話題になっている。 政権寄りの識者たちは、これをクルド問題における大きな前進と評価しているようだが、…

ギリシャ正教会のエルピドフォロス大司教と宗務庁のエルバシュ長官

9月20日、ニューヨークで「Türkevi(Turkish House)」のオープニング式典がエルドアン大統領臨席のもとで執り行われた。 「Türkevi(Turkish House)」は、とりあえず「トルコ館」と日本語に訳して置く。 トルコ館は、1977年にIBMの社屋をトルコ…

イスタンブールのイースター(復活祭)「アルメニア教会の賛美歌」

イスタンブールに住んでいた頃は、毎年、クリスマスやイースターの季節が巡って来るのを楽しみにしていた。 私には何の信仰もないし、クリスチャンでもないけれど、イスタンブールでギリシャ正教徒のマリアさん宅に間借りしていた2004~5年のクリスマス…

ギリシャの歌は日本で流行らないだろうか?

イスタンブールで最も賑わうイスティックラル通りを歩いていると、良くギリシャ語の歌を耳にした。CD店が広告用に流している場合もあれば、商店の経営者が自分の好きな歌を聴いている場合もあった。 さらに、チチェックパッサージュからネヴィザーデ小路へ…

「イスラムの土葬」

《2017年6月22日付け記事の再録》 2016年の10月だったか、「韓国で、火葬の割合が80%に達した」というニュースを読んだ。1988年、私が韓国に滞在していた頃は、土葬が殆どであり、火葬には強い抵抗を示す人たちが多かったので、何とも言…

アラビア語の賛美歌/イスラムの聖歌

Mersin Rum Ortodoks Kilisesi Korosu - İfrahi Ya Bayta Aniya (Sevin Ey Beytanya) メルシン(トルコの地中海沿岸)の東方正教会の教会で、聖歌隊が歌う賛美歌。ギリシャ語ではなく、アラビア語で歌われている。 2010年の3月、メルシンを訪れた際、こ…

幸せなクリスマス?

今朝、夜勤から帰って朝食を取り、1時間半ほど横になったら幸せな夢を見た。 私は暗い夜道で自転車を走らせている。ライトが故障して前が良く見えずに困っていると、後ろから自転車に乗った女性が近寄ってきて前を照らしてくれた。 夢の中の私は、その女性…

歴史の狭間を生き抜いてきたアルメニアの人々

アルメニアとアゼルバイジャンの紛争は、サバー紙のハサン・バスリ・ヤルチュン氏が述べたように、親西欧のパシニャン政権を快く思っていないロシアが、アルメニアに対して厳しい内容の和平案を押し付けて終結を図ったと見られている。 ソビエト時代、ミコヤ…

カーリエ博物館~モスク / 教会で祈る(?)エルドアン大統領

アヤソフィアに続いて、再びモスクとして使用されることに決まったカーリエ博物館。当初、10月30日の金曜日に礼拝が始まると予告されていたものの、3日前の27日に、突然、期日不明のまま延期となっている。 昨日のミッリガゼテ紙の報道によれば、モス…

マルカル・エサヤン氏の訃報

アルメニアとアゼルバイジャンの紛争が報道されて以来、私は、アルメニア人のマルカル・エサヤン氏がこの問題に対して、どのような意見を述べるのか気になっていた。 トルコの政権党AKPの議員であるエサヤン氏は、アクシャム紙に週2回コラム記事を書いて…

トルコのアルメニア人とユダヤ人

1992年の7月、イスタンブールの学生寮のホールで、テレビを観ていたところ、ニュースがトト・カラジャという女性演劇人の訃報を伝え始めた。 前に座っていた学生に訊くと、「優れたトルコの演劇人で非常に残念です」といったような哀悼の意を表する。し…

トルコにおけるアルメニア系・アゼルバイジャン系の人々

トルコでは、アルメニアとアゼルバイジャンの紛争に対して、アゼルバイジャンへの支持を叫ぶ右翼的な人たちがデモ行進したりしているらしい。中には、アルメニア教会の前でアゼルバイジャンの国旗を掲げて行進する連中まで現れたため、いくつか新聞のコラム…

アヤソフィア・モスクへの反発

アヤソフィアが再びモスクとなり、24日には金曜礼拝も執り行われた。これに対して、内外からの相当大きな反発が予想されていたけれど、どうやらそれほどでもなかったようだ。「エルドアン政権は、反発が激しければ、これを政治的に利用しようと思っていた…

アヤソフィア博物館が再びモスクに?

トルコでは、「アヤソフィア」がイスラム教のモスクとして再び「信仰の場」となるかどうかが話題になっているようだ。 アヤソフィアは元々、東ローマ帝国時代の537年にキリスト教の聖堂として建築されたが、1453年、この地を征服したオスマン帝国によ…

アルメニア教会の美しい讃美歌

クリスマス期間を迎えて、街角にクリスマスツリーが飾られているのを見たりすると、イスタンブールのクリスマスを懐かしく思い出してしまう。 イスタンブールには、歴史的なイスラム教のモスクも多いが、趣のあるキリスト教の教会も少なくないのである。特に…

日本の正教会と韓国の正教会

2004~5年にかけて、イスタンブールで正教徒のルムである故マリアさんの家に間借りさせてもらったこともあり、私には正教会がとても身近に感じられるけれど、どうも日本では、カトリックやプロテスタントに比べて、あまりポピュラーな存在ではないらし…

イスラム的なキリスト教会?

“Haberturk”の番組では、アフリカから奴隷としてアメリカへ連れて来られた末、ジョージア州のサペロ島に定着したイスラム教徒の足跡も紹介していた。もちろん、現在、島の住人はクリスチャンであり、イスラムの信仰は残っていないそうだが、島の教会には、メ…

続・ロシア正教のクリスマス

ミサが終わり、廊下で、ウクライナ人女性の夫であるトルコ人の方と立ち話していたところ、笑顔で近づいて来た老婦人が、ロシア語らしい言葉で、私たちに何か言った。トルコ人の方が、「食事が用意できているからどうぞ、と言ってるんじゃないかと思います。…

ロシア正教のクリスマス

今日、私が教会に着いたのは9時半頃だったが、ミサは8時半に始まっていたそうである。終了したのは11時過ぎていたから、2時間半ぐらい続いていたのだろう。この教会の礼拝堂には、椅子など置かれていないため、信徒の方たちは、皆立ったまま祈り続ける…

エミノニュ~カラキョイ

今日は、気温が急に15℃ぐらいまで上がって、妙に生暖かった。朝、外へ出たら、吹いて来る風が、何だか人工的に温められた暖房機の送風のように感じられた。バスと海峡横断地下鉄マルマライを乗り継いでシルケジ駅に着き、エミノニュの船着き場前に出ると、…

続・聖水式

海に飛び込んだ猛者たち、十字架までの距離は、25~30mぐらいあったと思う。最初に十字架を取った男が、これを掲げて口付けした頃には、その周囲を追いついた猛者たちが取り囲み、彼を祝福しているようだった。猛者の中には女性も一人いた。正教会は、…

聖水式

そして、いよいよステージの上から十字架が海に投げ込まれ、猛者たちが飛び込んで、儀式はクライマックスを迎えた。

金角湾

早めに聖堂を後にして、金角湾の海際に出たら、儀式のためのステージを未だ準備している最中で、辺りには警備の警察官と数人のマスコミ関係者が来ているだけだった。 今日は、気温も10℃ぐらいまで上がり、雪は跡形もなく解けていたけれど、場合によっては…

コンスタンティノポリ総主教庁の聖ゲオルギオス大聖堂

聖ゲオルギオス大聖堂には、クリスマス・ツリーが飾られ、その隣には、大きなサモワールのような容器が置かれていた。 ウィキペディアの“聖水式”の欄には、「大聖水式に成聖された聖水は教会に保管され、各種の成聖に使われたり、信徒に振り掛けられたりする…

神現祭

1月6日は、イエス・キリストが洗礼を受けた日であり、キリスト教の各教派で、それぞれの祝祭が催されているようだ。2012年の1月6日には、ベシクタシュにあるアルメニア正教の教会で、クリスマス・ミサを見学したこともあった。アルメニア正教会はこ…

復活祭ミサ

今日は、ベイオウルの“Surp Asdvadzadzin Ermeni katolik kilisesi”というアルメニア・カトリック教会で復活祭ミサを見て来た。“Surp Asdvadzadzin”はアルメニア語で聖母マリアといった意味になるらしい。ミサは、オーソドックスのアルメニア教会と同じよう…

バルソロメオス総主教の人徳

“YouTube”でバルソロメオス総主教が、昨年、黒海地方のギレスンを訪れた時の映像を観た。目的が何であったのか、映像に何の説明も無いため良く解らないが、博物館や遺跡、高校、大学などを視察している。バルソロメオス総主教は、1940年の生まれで、昨年…

ルムの民族学校

昨年の11月、コンスタンティノポリ総主教庁の近くにあるルムの高校(ギリシャ民族学校)を見に行って、辺りを歩いていたら、やはり学校のような古い建物の前に人々が集まっている。訊くと、そこもかつてはルムの民族学校であり、その日は、展覧会が催され…

聖ゲオルギオス大聖堂のミサ/ヘイベリ島の神学校

昨日(11月30日)、聖ゲオルギオス大聖堂で、ローマ法王臨席のもとに営まれたミサの模様は、以下の“YouTube”から観ることができる。Pope Francis held a joint service in Istanbul together with Patriarch Bartholomew 荘厳で音楽も美しい正教のミサを…

偽りても賢を学ばんを賢といふべし

偏見はなるべくなくしたいけれど、私のように特に宗教を信じていない人間が、宗教について何か考えても、なかなか公平な見方には至らない。とはいえ、宗教を信じている人たちも、こちらをそれほど公平な視線では見ていないと思う。だから、多少偏見が残るの…