この駄文、表題は「ウクライナに平和を」にしてみたけれど、バルソロメオス総主教の「祈り」には政治的な思惑も絡んでいたのだろう。
そもそも、2018年にコンスタンティノープル総主教庁がウクライナ正教会の独立を承認した背景には、ロシアと欧米の対立という問題があったのではないかと言われている。
以下のCNNトルコの時事討論番組では、アブドゥルラー・チフチという戦略学者が、総主教庁による独立承認はトルコの法律に違う行為であるとして厳しく批判している。
他国の外交問題に関与するのだから、トルコ政府の許可を得なければならない事案であり、これによってトルコとロシアの関係が悪化したらどうするのだと言うのである。
チフチ氏によれば、近年、総主教庁は欧米やギリシャの反トルコ的な要求を伝える役割を担っていて、これは政教分離の観点から見ても不都合であるらしい。
私はゼレンスキー大統領がコンスタンティノープル総主教庁を訪れた際、当然のことながらエルドアン大統領とも会っていたはずだと思っていたけれど、チフチ氏の主張を聞くと、独立承認に至る総主教庁の動きをトルコ政府は一切関知していなかったわけだから、ゼレンスキー大統領とエルドアン大統領の面会は実現していなかったかもしれない。(当時の報道を遡って調べて見れば良いが・・・)
しかし、先日、正教会の行事に参加するため総主教庁を訪れたギリシャのミチョタキス首相は、エルドアン大統領に招かれてイスタンブールで会談している。
バルソロメオス総主教は、2020年にアヤソフィアがイスラム教のモスクとして復活すると、これを激しく非難していたものの、その数日後には、トラブゾン県のスメラ僧院の改修支援に対して、エルドアン大統領へ電話で謝意を述べたと報じられていた。両氏は、電話で直に話し合える間柄なのだろうか?
例えば、チフチ氏の主張も、ロシアに対して『あれは総主教庁が勝手にやったことで我々は全く関知していなかった』と言い逃れするための方便ではないかと疑ってみることも可能であるかもしれない。
ロシアとウクライナの戦争が長引けば、トルコも困難な状況に陥るというけれど、トルコはロシアが短期間で圧勝しても困ったのではないかと言われている。欧米とロシアのバランスが崩れてしまうからである。
そのため、ロシアの惨敗も望んでいない。欧米とロシアが微妙なバランスで拮抗しているのがトルコにとっては望ましい状態であるらしい。
なんだか、政治も宗教も虚々実々の駆け引きの上に成り立っていると言えそうだ。
*2012年の12月に訪れた聖ゲオルギオス大聖堂