メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

2016-10-01から1ヶ月間の記事一覧

マイノリティの最も真実的な試験 / 偽りても賢を学ばんを賢といふべし

2014年の8月、「マイノリティの最も真実的な試験」というエティエン・マフチュプヤン氏のコラム記事(アクシャム紙-2014年8月24日付け)の後半部分を拙訳して、この欄に載せたけれど、非常に興味深い記事なので、今日、再びご紹介したいと思う…

糖質制限の問題点

日本では、糖質制限の流行により、「ご飯が悪魔になってしまった」とまで言われているそうだが、実践者はどのぐらい増えているのだろう? トルコにも、テレビ等のメディアで、糖質制限を熱心に勧める識者はいるらしい。しかし、今のところ、流行するような気…

発展の原動力?

(10月28日) 嫉妬やコンプレックスといった感情は、人が発奮して頑張る原動力になるとも言われている。負け犬根性が強くて、最初から引いてしまう私には、この感情が足りていないかもしれない。 幕末、アメリカから帰国して、将軍に拝謁した勝海舟が、…

「誕生から死に至るまでのイスラム主義」

日本と同様、トルコでも、西欧に対する思いは、なかなか複雑であるようだ。西欧は、あからさまに西欧化を主張してきた政教分離主義者だけでなく、イスラム主義者へも重くのしかかっていたのかもしれない。旧ザマン紙にコラムを書いていたミュムタゼル・テュ…

サイト・ファイクの帽子

2014年の5月、ブルガズ島のサイト・ファイク・アバスヤヌク博物館を初めて訪れた。トルコ人の御夫婦が、日本から来たお客さんを案内するのに同行したのである。いずれも50代と思しき御夫婦は、教養水準も生活水準も高い政教分離主義者だった。この博…

急に寒くなって来たイスタンブール

イスタンブールは急に寒くなってきて、風邪が大分流行っているようだ。満員のバスの中でも、咳き込んだり、くしゃみしたりしている人がいる。そのうち、うつされるんじゃないかと思っていたら、案の定、先週から愈々本格的に風邪をひいてしまった。とはいえ…

何でも相手の尺度に合わせてしまう日本人?

今はどうだか解らないが、かつて日本では、海外生活の手引書といった本に、以下のような記述が見られたりした。「キリスト教やイスラム教の国で、無信仰と自己紹介したら、人間扱いされなくなるから、仏教徒と答えるように・・・」私も、相手がイスラムの信…

西欧に適応しようとしたオスマン帝国・その必要さえなかったサウジアラビア?

近所の廃品回収屋さんの家族は、イスラムの信仰に篤い敬虔なムスリムだけれど、彼らにもフランスへ移民した親族がいるという。半年ぐらい前、フェイスブックに、フランス在住のトルコ人から「友達リクエスト」があって、これを承認したところ、どうやら彼は…

トルコの人たちの祖国愛/トルコの政教分離

1994年頃、実業家のジェム・ボイネル氏が明らかにした話を新聞の紙面から読んだだけで、典拠を確認したわけじゃないが、救国戦争を指揮した軍人でもあるイスメット・イノニュ大統領(1884年~1973年)は、次のように語ったことがあるそうだ。「…

強まる民族主義的な傾向?

現在、憲法の改正が議論されているトルコの法律は、イスラム法ではなく西欧の法律がベースになっていて、これに対する不満の声も殆ど聞かれない。 ひと頃騒がれていた「政教分離の危機」も、今や相当ラディカルな政教分離主義者の間で取り沙汰されているだけ…

トルコのイスラム的な保守派の思想家

昨年辺り、ネットで読んだ記事じゃないかと思うけれど、「小林秀雄、福田恆存という保守派の論客が、いずれもフランス文学、シェイクスピア戯曲などの評論から出発していることは偶然ではあるまい・・」といったように書かれていて、この部分だけ、『はあ、…

ギュレン教団の方たちとの思い出

トルコでも、イラクのIS支配地域モースルの奪回作戦が、大きな話題になっているのは言うまでもない。エルドアン大統領は、「我々も作戦に関与する」と相変わらず強気な発言を繰り返しているが、何処まで本気なのだろう? 国内向けのポーズであるような気も…

コズヤタウのヒルトンホテル

昨日は、アジア側コズヤタウのヒルトンホテルに、朝7時から夜10時ぐらいまで滞在していた。もちろん、ホテルそのものに用があったわけじゃなくて、例によってエキストラで駆り出されたテレビドラマの撮影があっただけである。コズヤタウのヒルトンホテル…

死刑復活の議論はどうなったのか?

土曜日(10月15日)、クルチェシュメの辺りからは、ボスポラス海峡を隔てたアジア側のチャムルジャに建設中の巨大なモスクが良く見えた。 このモスクの建設を巡っては、ラディカルな左派・政教分離主義の人たちが激しく反対して、一悶着あったけれど、ど…

葬儀の作法も解らなくなった人たち

一昨日(10月15日)、またテレビドラマのエキストラに駆り出されて、ヨーロッパ側のボスポラス海峡沿いにあるクルチェシュメという街に出かけて来た。撮影は、正午過ぎから、海峡に停泊している小型クルーザーの中で行われたけれど、途中、近くのモスク…

イスラムの非生産性という問題

イスラム学者のエクレム・デミルリ氏は、イスラム教徒の非生産性が、ISのようなテロを生み出してしまったとして、イスラムが価値を生み出し、人を育てることができない限り、ISを壊滅させただけでは、問題の解決にならないと述べていた。しかし、生産性…

恐ろしい宗教

イスラム教徒・ムスリムと言えば、何だか、まるで価値体系の異なる宗教的な世界で生きている人々みたいな雰囲気で語られたりしているけれど、トルコでイスラム教徒の人たちと接している限り、これが実際の様相を伝えているとは、とても考えられない。もちろ…

トルコ主義/オスマン語~トルコ語

イブラヒム・キラス氏は、カラル紙のコラムで数回にわたり、オスマン帝国の末期、国家を維持する為の思想として現れた「オスマン主義・イスラム主義・トルコ主義」について説明していた。オスマン主義は、帝国内のキリスト教徒ら異教徒も平等に扱う思想だっ…

トルコ人・イスラム教徒

10月11日付けカラル紙のコラムで、イブラヒム・キラス氏が、「トルコ人」とは何であるかについて論じていた。キラス氏によると、オスマン帝国の時代、現在の「トルコ人」に相当していたのは、帝国内の「イスラム教徒」であり、当時、西欧の人たちが「ト…

パイプラインで供給される天然ガス

プーチン大統領は、トルコからの農産物輸入禁止処置も解除すると明らかにしていたけれど、あの対トルコ経済封鎖はいったい何だったのだろう?もしも、本気でトルコに制裁を加えるつもりなら、天然ガスの供給を停止するのが最も効果的だったように思える。そ…

政治は変わる・パイプラインは残る

昨日、第23回世界エネルギー会議への参席も兼ねて、プーチン大統領は、予定通りイスタンブールを訪れた。エルドアン大統領との首脳会談、そして、両国が天然ガス・パイプラインのプロジェクトで合意したことは、日本でも報道されているのではないかと思う…

トルコ・日本・韓国・それぞれの歴史に纏わる悩み

トルコの人たちから、「貴方は、“ブディスト”ですか、“シントイスト”ですか?」と良く訊かれる。以前は、これに「両方です」などと簡単に答えていたけれど、そのうち、『果たして、この問いは、日本語にどう訳したら良いのだ?』という疑問が生じてきた。“ブ…

日本の正教会と韓国の正教会

2004~5年にかけて、イスタンブールで正教徒のルムである故マリアさんの家に間借りさせてもらったこともあり、私には正教会がとても身近に感じられるけれど、どうも日本では、カトリックやプロテスタントに比べて、あまりポピュラーな存在ではないらし…

ロシアとアメリカ

トルコ共和国は、ローザンヌ条約へ至る前に、やはり誕生したばかりだったソビエトと平和条約を締結しており、この為、英国は、さらなる侵攻を一旦諦めて、ローザンヌで交渉の席についたと言われている。こうしてみると、トルコ共和国の潜在的な脅威は、当初…

トルコとロシアの縁

1991年に、初めてトルコへやって来た頃は、未だ冷戦が終わっていなかったこともあり、人々のソビエト・ロシアに対する感情は余り芳しいものじゃなかった。ところが、ソビエトの崩壊後、困窮したロシアの人たちが出稼ぎ等の目的で、大挙してトルコを訪れ…

プーチン大統領の訪土

来週、10月10日に、ロシアのプーチン大統領がトルコを訪れるそうだ。昨年11月の露機撃墜事件から未だ1年も経っていない。例えば6ヶ月前に、この急な展開を予想した識者はいただろうか?そもそも、あの露機撃墜の背景は、今もって謎に包まれたままで…

「士道」は「私立」の外を犯したが、「民主主義」は「私立」の内を腐らせる。

西欧で最も早くから衰退が囁かれていたのは、英国じゃないかと思うけれど、意外にしぶとい。ノーベル賞がどのくらい判断基準になるのか解らないが、2000~15年までの科学3賞受賞者は14人を数え、7人のドイツを大きく上回っている。基礎科学の分野…

ドイツ神話の崩壊?

今日、家賃を納めにウムラニエの銀行まで行った。 途中、渋滞で走ったり止まったりしているバスの窓から外を眺めていたところ、並走していたフォルクスワーゲンの高級車は止まったまま発進できなくなってしまったのか、パリッとしたスーツを着た中年男が、『…

「ローザンヌ条約は勝利だったのか?」発言の背景?

昨年の11月、アタテュルクの命日を前にして、近所の家電修理屋さんは、次のように語っていた。「今、アタテュルク主義とか言ってる連中には、ミッリがない(祖国愛がない)。でも、アタテュルクにはミッリがあった。そうじゃなかったら救国戦争に勝てるは…

ローザンヌ条約は勝利だったのか?

10月中に終わる予定だった非常事態宣言は、どうやらもう3ヶ月延長されるようだ。宣言発表の当初から、「3ヶ月では無理」という声が高かったくらいで、それほどの騒ぎにはなっていないものの、「1か月半で済ませる」などと明らかにしていた政府の見通し…