メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコとロシアの縁

1991年に、初めてトルコへやって来た頃は、未だ冷戦が終わっていなかったこともあり、人々のソビエト・ロシアに対する感情は余り芳しいものじゃなかった。
ところが、ソビエトの崩壊後、困窮したロシアの人たちが出稼ぎ等の目的で、大挙してトルコを訪れるようになり、人的な交流が深まってくると、人々の対ロ感情もみるみるうちに好転して行く。
あの変わり身の早さには、『さすが、文明の十字路を生き抜いてきた人たちだ』と思わず感心してしまったほどである。ロシアに対しては、昨年来、それこそ僅か1年の間に、二転三転と目まぐるしく態度を変えて、その器用さを見せつけている。

98年だったか、大阪のある図書館で講演したロシア人女性は、たどたどしい日本語で、「ロシアと日本の交流は、日露戦争を機会に発展しました」と語り出し、これに場内がざわつくと、「皆さん、戦争も立派な国際交流ですよ」と切り返していた。
この伝で行けば、トルコとロシアは、歴史上、まさに限りなく交流を発展させてきた。そのため、お互いのことを良く知っているし、トルコの人たちも、「戦争は国際交流」と言われて驚くような野暮じゃない。
2004年12月のラディカル紙で、ムラット・チザクチャ氏は、次のように述べている。
「・・・ギリシャに住む人たちも、トルコに住む人たちもエスニック・ルーツはオスマンへ、そしてビザンチンへ遡ることができる。我々の祖先は、ある時点でイスラム教を認めて改宗したが、ギリシャ人は変えなかったのである。・・・」

チザクチャ氏の説には、多少誇張もあるかもしれないけれど、トルコ人に多く見られる容貌が、中央アジアの「原トルコ人」ではなく、ギリシャ人の平均に近いのは明らかじゃないだろうか。DNAを調べても、中央アジアの遺伝子は余り出て来ないそうである。
しかし、ギリシャ正教東方正教会)を奉じるロシア人の中にも、少数とはいえ、先祖はイスラムからの改宗者と思われる人たちがいるらしい。例えば、ラフマニノフといった姓はイスラムに由来しているという。シャラポワも、アラビア語の“シャラープ”だから、おそらく先祖はイスラム教徒じゃないかと言われている。
トルコとロシアの縁は非常に深いのではないかと思う。

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