メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコ

トルコで猫を食べた日本人

先週、トルコ在留の日本人が野良猫を食べて逮捕されるという忌まわしいニュースが伝えられた。 今日、トルコ語で検索してみたところ、どうやら事件に関連した新規の報道は見当たらないようなので、それほど大きな話題にはなっていないかもしれない。 これに…

祖国とは腹が満たされる所である

トルコ語に以下のような諺がある。 「İnsanın vatanı doğduğu yer değil, doyduğu yerdir.(人にとって祖国とは、生まれた所ではない、腹が満たされる所である)」 「doyduğu(ドイドゥー:腹が満たされる)」になっているのは、「doğduğu(ドードゥー:生ま…

50歳と14歳の関係/トルコの「児童性的虐待防止法」

今、日本で「50歳と14歳の性行為の是非」が話題になっているけれど、トルコでは5年前に「児童性的虐待防止法」が発令され、その適用上の問題が議論されていた。 この法律は15歳以下の女子との性行為を一切認めないため、14歳の女子と駆け落ちした1…

トルコでアルコールと豚肉の禁忌はどのくらい守られているのか?

イスラムの教義上の禁忌として良く知られているのは、アルコールと豚肉だろう。 ところが、トルコの場合、飲酒はかなり広範に行われていて、ラクという酒をトルコの伝統的な文化の一つに数える人たちもいる。禁忌を守っている敬虔な信者たちがそれを激しく非…

「ゲズィ公園騒動」~ブラジル~「天安門事件」

トルコでは、この「ゲズィ公園騒動」を米国によって焚きつけられた騒乱と見做す“陰謀論”が盛んに論じられていたけれど、今、その後の展開を振り返って見ると、確かに、まったく根も葉もない“陰謀論”としては片づけられないような気もしてくる。 そもそも、事…

ゲズィ公園騒動デモ隊の不甲斐なさ?

エルドアン大統領とAKP政権は、発足した2002年~2009年頃まで明らかに親欧米の政権と見做されていた。 それで、EU加盟交渉にも熱心に取り組んでいたけれど、反対派は「EUはトルコ軍の弱体化を狙っている」と主張していた。中には「EUの要求…

ゲズィ公園騒動の背景

2013年6月の騒動の舞台となったゲズィ公園の辺りには、オスマン帝国時代に軍の兵舎として設営された建物があったらしい。 この建物は、1940年にアンリ・プロストというフランス人建築家の都市計画にもとづいて取り壊され、その跡地がゲズィ公園にな…

2013年6月1日の「ゲズィ公園騒動」

今日(6月1日)であの「ゲズィ公園騒動」から8年が経過したことになる。 私は4年前の6月1日にも「トルコの“激動の4年間”」という駄文を書いて、「ゲズィ公園騒動」から過ぎた4年間を振り返ってみた。 その中で、“激動の4年間”の要因がアフメット・…

ラマダン明けの祝祭にパレスチナを思う

一昨日は、ラマダン明けの祝祭に合わせて、大阪西淀川区にあるモスク(大阪マスジド)へ出かけてみた。 その辺りは、パキスタンから来た人たちが多数居住しているため「大阪のパキスタン」と呼ばれているらしい。 昼の1時頃に着いたら未だ礼拝中だったので…

世界の歴史は大きな変化を迎えるのだろうか?

90年代の初め頃だったと思う。ロッテの創業者である辛格浩(重光武雄)氏がインタビューに答えた記事を雑誌か何かで読んだ。 当時の韓国には、様々な面でもの凄い勢いが感じられたため、「あと10年~20年もすれば日韓の立場は逆転してしまうのではない…

「労働者の祝祭」

《2014年5月1日付け記事の再録》 今日(2014年5月1日)はメーデーで、工場も休日だった。この10年来、殆ど仕事のないフリーの通訳だか何だかで過ごして来たため、気がついていなかったけれど、トルコでは、2008年からメーデーが「労働者の祝祭」…

「弱肉強食の世界」(ジェノサイド)

《2017年1月12日付け記事の再録》 昔、「カスター将軍の第7騎兵隊」をモチーフにしたアメリカ制作のテレビドラマが日本でも放映されていた。1960年生まれの私が、小学校3~4年生の頃に観ていた記憶があるから、おそらく60年代の後半だったの…

オザル大統領の命日(4月17日)

1993年の4月17日にオザル大統領が亡くなってから、既に28年が過ぎた。 その頃、東京にいた私は、朝日新聞の朝刊で「オザル大統領死去」のニュースを知った。 多分一面ではなかったかと思うが、先ず見出しの「オザル大統領・・・」が目に入り、『何…

「女性差別」で思い出した「司令官」の事件

日本で報道されるトルコのニュースには、偏見に満ちた話が多くてうんざりさせられる。最近は、EUのミシェル議長にライエン委員長がエルドアン大統領と会見した際、女性のライエン委員長へ椅子が与えられなかったのは「女性差別」だと、また騒いでいる。 チ…

「イズミルの冬の思い出」

《2007年2月10日付け記事を省略修正して再録》 1991年に初めてトルコへやってきて、温暖なエーゲ海地方のイズミルで一年を過ごしたけれど、冬は結構寒かった。温暖なイズミルでは、冬の備えが甘く、寝起きしていた学生寮の暖房も粗末なものだった…

イスタンブールのイースター(復活祭)「アルメニア教会の賛美歌」

イスタンブールに住んでいた頃は、毎年、クリスマスやイースターの季節が巡って来るのを楽しみにしていた。 私には何の信仰もないし、クリスチャンでもないけれど、イスタンブールでギリシャ正教徒のマリアさん宅に間借りしていた2004~5年のクリスマス…

ウイグルの問題はどのように解決されるのか?

以下のYouTubeから視聴できるトルコの報道番組で、ジャーナリストのエミン・パザルジュ氏が述べたところによれば、3月25日、トルコを訪れた中国の王毅外相に対して、チャヴシュオール外相は、新疆省のウイグル人の問題に言及し、中国の政策を批判したもの…

トルコ語の小説「チャルクシュ」

《2012年4月17日付けの記事を修正して再録》 文学が解るわけじゃないし、日本の小説も余り読んでいないけれど、せっかくトルコ語を学んでいるのだから、トルコの小説をもっと読まなければと思いながら、怠けてばかりいた。 それでも、読もうとする意…

少数民族の言語による教育

中国では「中国語による教育」が少数民族にも適用されるようになり、反発の声が高まっているという。つまり、最近までは「少数民族の言語による教育」が行われていたらしい。私は却ってこれに驚いている。 1998年頃に大阪で知り合ったウイグル人の留学生…

同性愛~同性婚の問題

この「似非進歩主義~同性愛の認識」で、同性愛とは「受け」の方だけだと思っていて、「入れるのは、女のアソコだろうと、男のケツだろうと、羊やロバの穴だろうと、変わりないじゃないか!」と言い放ったトルコ人の男を散々こき下ろしたけれど、実のところ…

恋愛は人も社会も発展させるのだ!

《2014年10月27日付け記事を修正して再録》 2004年の3月、南東部のビトゥリス県で、妻子ある従兄と不倫して妊娠した未婚の女性が、部族社会の掟に従った実の弟に撃ち殺されるという衝撃的な事件が報じられた。保守的な南東部の村で、殺された2…

飲酒と同性愛

《2013年6月23日付け記事を修正して再録》 2009年、アルトヴィン県で知り合ったメフメットさんの家族は、夕食に夫婦揃って子供たちの前で酒を飲んでいた。それどころか、共産主義者を自称する高校生の娘もビールを口にしていた。 このため、私は…

トルコの同性愛者(ビュレント・エルソイ氏)

《2016年6月21日付け記事の再録》 エルドアン大統領夫妻と並んでイフタル(断食明けの夕食)の席に座っていたビュレント・エルソイ氏は、1952年の生まれで、現在64歳(2016年当時)。エルドアン大統領と握手している写真は、服装が異なるか…

「似非進歩主義~同性愛の認識」

《2013年5月31日付け記事を修正再録》 「自由恋愛!」という記事に、自分は勝手気ままに複数の女性と遊んでいながら、「それでは、貴方の奥さんもそうやって遊んで良いのですね?」と問われるや、「殺す!」といきり立った“進歩主義者”の話を書いた。…

自由恋愛!

《2008年6月11日付けの記事を一部省略変更して再録》 2008年の6月、イスタンブールで知り合って間もない同年輩のトルコ人とお互いの恋愛観などについて論じあったことがある。 この男は妻子持ちで、宗教は信じていないそうだ。教養があり、自由…

1985年の「テヘラン救出劇」

1985年3月19日、イラン・イラク戦争の最中に、トルコ航空機が、テヘランに残された日本人を救出したという。これは、2004年にNHKのプロジェクトXでも取り上げられた。当時、イスタンブールに居た私に番組を視聴する機会はなかったが、内容を…

男は皆オオカミなのだ!

《2014年10月19日付け記事の再録》 キリスト教では、「マタイ福音書」に以下のような記述があり、男が性的な欲情を懐くこと自体、悪と看做されているのかもしれない。「『すべて欲望をもって女を見るものは彼の心のうちですでに彼女を犯したのである…

「アレム・ダー(山)の野良犬たち」

《2014年9月18日付け記事の再録》 月曜日(2014年9月15日)は、我が家の近くのタシュデレンから、アレム・ダー(山)の山麓を歩き、ポロネーズ・キョイ(村)まで行ってみようと思って出発した。果たして、その道がポロネーズ・キョイ(村)へ…

「イスタンブールには船で行け!」:ラフマニノフのピアノ協奏曲

「イスタンブールには船で行け!」。誰の言葉だったのか忘れてしまったが、1991年の4月に初めてトルコへ渡航する前、何かの本で読んでいたのではないかと思う。 そのため、1991年の4月、私はイスタンブールの空港に降り立つと市街地へ足を踏み入れ…

守るべき「祖国」とは?

イスタンブールに居た2016年の10月、当時、ISが支配していたイラク北部モースルの奪回作戦に関する討論番組を観ていたところ、ある識者は、「古来より中東を大きく二つの地域に分けるならば、それはペルシャの領域とローマ(ルム)の領域である」と…