トルコでグローバル化(küreselleşme)が話題になり始めたのは、いつ頃からだろうか?
私が初めてトルコを訪れた1991年には、当時のオザル大統領が進めて来た民営化等による経済開放政策と共にグローバル化(küreselleşme)という言葉が聞かれていたかもしれないが良く解らない。
エルドアン氏のAKPが政権に就いた2002年以降は、メディアで頻繁にグローバル化が語られるようになっていたと思う。親米的なAKPはグローバル化を推し進める政権と見られていたのである。
今から思えば愚かなことだが、私はこれに抵抗を感じないどころか賛同さえしていた。トルコはグローバル化の中で経済的に発展するだろうと考えていたのだ。
しかし、それ以前に日本で貧富格差が広がり始めていたのは好ましいと思っていなかった。それがグローバル化によるものであることは解っていたけれど、いずれは是正されるのではないかと間抜けな期待を懐いていたようである。
グローバル化と貧富格差に関しては、10年ほど前、SNSで実に巧い例え話を教えてもらった。
「狭い浴槽であれば、かき混ぜることにより、浴槽の上下の温度差を解消できるものの、各々の浴槽を仕切っていた壁を取り外してプールのような大浴場になったら、かき混ぜて温度差を解消することなど出来なくなってしまう。」
日本で60年代まで行われていた「累進課税によって富の再分配を図る」という政策は、まさしく日本という狭い浴槽をかき混ぜる作業だったのだろう。理想的な政策に思えたが、グローバル化の時代には通用しなくなってしまった。
この「グローバル化」が何処に至ってしまったのかは、見ての通りじゃないかと思う。現在の世界では、1%の超富裕層が世界全体の富の40%を持っているという試算もあるそうだ。
「1%の超富裕層」は自由を謳歌して、さらに富を増やすことも可能だが、私のような低所得者は「移動の自由」さえない。
世界の貧困地域に目を向ければ、何億という人々が食うや食わずの生活を強いられているという。この人たちには、いったいどういう「自由」があるのだろう。
「共産主義国家に自由はない」なんて言われていたけれど、富裕者が無制限に蓄財できる自由もなかった。
ソビエトでは、レーニンとスターリンに始まってゴルバチョフに至るまで、統治者は誰一人世襲を試みようとしなかった。共産党幹部は国家の施設を使って良い生活をしていたかもしれないが、個人の財産ではなかったので、それを世襲させて子供たちに引き継がせることも叶わなかったはずだ。
「共産主義が理想である」と言うつもりはないが、もう一度、今までの「常識」や「思い込み」を取っ払って、良く考えてみるべきじゃないかと思う。今の世界は、実に恐ろしい状態になってしまっている。