メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

ケマル・デルビシ氏の訃報/1週間後に迫った大統領選挙

トルコから伝えられたニュースによれば、2001年~2002年にエジェビット内閣の経済担当相を務めたケマル・デルビシ氏が米国で亡くなった。まだ74歳だった。

デルビシ氏は、2001年にトルコが経済危機に陥ると、22年間勤務した世界銀行を辞職して帰国、経済担当相に就任した。任期中、IMF国際通貨基金)と交渉の末、融資を受けて経済の安定化に努めたと評価されている。

トルコ語版ウイキペディアの記述では、1991年から2005年までの消費者物価上昇率は以下の通りであり、確かに2002年以降、安定に向かったように見える。 

1991年・71,1% / 1992年・67,9% / 1993年・71,4% / 1994年・125,5% 

1995年・76,0% / 1996年・79,8% / 1997年・99,1% / 1998年・69,7% 

1999年・68,8 % / 2000年・39,0% / 2001年・68,5% / 2002年・29,7% 

2003年・18,4% / 2004年・9,3% / 2005年・7,72%

2003年には、エルドアン氏のAKP(公正発展党)が単独で政権を取り、2005年にはデノミを達成している。

そのため、インフレ鎮静化はAKPの功績であるかのように言われているけれど、上記の推移を見れば、「インフレ鎮静化は、IMFの指導したプログラムによるもので、それを導き出したデルビシ氏の功績は大きい」という説が正しいのではないかと思う。

AKP政権もデノミを実施した2005年には、IMFから融資を受けているのだ。

1999年から2002年にかけて、私はアダパザル県クズルック村にある邦人企業の工場で働いていた。デノミ前の当時、紙幣は桁が6桁も多く、私は現地採用だったが、毎月、億単位の給与をもらっていた。

しかも、その紙幣の価値がどんどん下がって行くので、半年に1回、給与の「インフレ調整」が行われ、給与は数千万単位でアップする。

給与のリラ紙幣の金額だけ見ていたら、目が眩みそうに思えたものだが、円に換算すると、ほぼ7万円前後で固定されていた。

それが、2002年になると、インフレ鎮静化の兆しが見えてきたため、「インフレ調整」は毎月小刻みに行うように変更された。

その第1回目では、大幅アップを待っていた現地従業員らの多くがショックを受けて職場を放棄し、工場は大混乱に陥ってしまう。

私は、あの日のことを良く覚えているので、現在、インフレ鎮静化がAKP政権の2003年~2004年に始まったかのように言われても納得できないのである。

AKP政権下の2006年以降の消費者物価上昇率を見ると、以下のようになっている。

2006年・9,65% / 2007年・8,39% / 2008年・10,06% / 2009年・6,53%

2010年・6,4% / 2011年・10,45% / 2012年・6,16% / 2013年・7,4% 

2014年・8,17% / 2015年・8,81% / 2016年・8,53% / 2017年・1,92%

2018年・20,3% / 2019年・11,84% / 2020年・14,6% / 2021年・36,08%

2022年・64,27% 

AKP政権は、2006年以降、IMFの融資を受けることもなく、2013年にはIMFの債務を完済している。

その2013年の6月、あのゲズィ公園騒動が勃発し、以後、米国との関係は悪化の一途を辿ることになる。

AKP政権は、故ケマル・デルビシ氏の経済政策を受け継いだばかりか、親米路線も受け継いだ非常に親欧米の政権と見做されていた。

それが、2013年を境にして変わり始め、今では反米的な政権として、米国から目の敵にされているのである。

今回の大統領選挙でも、米国が公然と野党候補を支援しているのは間違いない。

2013年までのAKPと現在のAKPはまるで違う政党のように見えてしまう。

エルドアン大統領も同一の人物とは思えないが、どちらが本当のエルドアン氏なのかと言えば、それは今のエルドアン大統領じゃないだろうか。

2013年までのAKPは、「米国のエージェント」などと言われているギュレン教団の影響下にあったが、エルドアン大統領はその影響力を排除して、自らの支配力を強化してきたのだと言われている。

仮に、単にインフレ率を下げて経済を安定化させたいのであれば、米国との関係を元に戻すのが手っ取り早いかもしれない。(つまり野党候補クルチダルオール氏を当選させる)

しかし、そうなると、トルコは主権を失ってしまう恐れがあるという。北キプロスはもちろん、南東部のクルド地域を失う可能性もある。

そのため、エルドアン大統領の支援者らは、1週間後に迫った選挙を「トルコ共和国の存亡をかけた戦い」、あるいは「グローバルなインペリアリズムと伝統的なトルコ国家の対決」と言い表して、支持を訴えている。

経済は失っても取り戻すことが出来るが、失った領土は容易に取り戻せない。主権を失ったら、それこそ亡国の危機だと言うのである。

経済の苦境が続く中、エルドアン大統領が再び国民から信任を得られるかどうかは、まだ解らない。

しかし、今ほどエルドアン大統領が「アタテュルクの国家」から信任を得たことはなかったと思う。

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