メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

エルドアン大統領の謎

エルドアン大統領は、欧米が喧伝しているような「独裁者」では、もちろんないけれど、支持者らが主張するような「英雄」でもないと思う。

必ず矢面に立ち、リスクを避けたりはしないが、決して冒険を試みることはなく、バランスを保ちながら何事も慎重に時間をかけて実現させてきたのではないだろうか?

「英雄」と言えば、故オザル大統領の方が遥かに英雄的だったと言えそうだ。しかし、独断専行とも言える性急なやり方で、その死後に社会的な混乱を招いてしまった。

ところで、エルドアン大統領の盟友・同志とは、いったい誰なのだろう? 

数年前であれば、アブドゥルラー・ギュル前大統領の名が挙げられたはずだ。1998年、両氏は共同でイスラム守旧派の故ネジメッティン・エルバカン元首相に反旗を翻し、その後AKPを創設した。

それが今や「盟友」どころか、「宿敵」と言えるような状態になってしまっている。

2005年に文化観光相を辞任して、当時のエルドアン首相と袂を別ったエルカン・ムムジュ氏は、昨年、インタビューに答えて、2007年の段階でエルドアン氏は自身が大統領になるために軍とも了解し合っていたが、それをギュル氏とアルンチ氏が妨げ、結局、ギュル氏が大統領になったのだと発言している。

ムムジュ氏によれば、親欧米と見られたAKPが創設された際、欧米はエルドアン氏の傾向に疑念を抱き、親欧米であることが確実なギュル氏をギャランティと考えていたそうだ。

こういった発言が何処まで真実を伝えているのか解らないが、現在、エルドアン大統領の盟友と目されているヌーマン・クルトゥルムシュ氏は、1998年にギュル氏やエルドアン氏と行動を共にすることなくイスラム守旧派に残り、2012年になってようやくAKPに加わっている。

ひょっとして、ギュル氏らの親欧米的な傾向を懸念したナショナリストの故エルバカン元首相は、ギャランティとして愛弟子のエルドアン氏を送り込んでいたのだろうか?

私はギュル氏も故エルバカン元首相が率いた「ミッリ・ギョルシュ(国民の思想)」から来た人物なのかと思っていたけれど、これは間違いだった。ギュル氏には異なる思想背景があり、故エルバカン氏との間に師弟関係はなかったらしい。

ギュレン教団の不正を追及しているジャーナリストのネディム・シェネル氏は、AKPにギュレン教団が潜り込んで行ったのではなく、もともとギュレン教団の手中にあったAKPにエルドアン氏が潜り込んでいたのだと論じている。

確かに、現在、大統領府の閣僚にAKP創設以来のメンバーはチャヴシュオール外相しか残っていないそうだし、党を取り仕切っているのもヌーマン・クルトゥルムシュ氏であるという。これなら、ギュレン教団が作り上げたAKPを「潜り込んでいた」エルドアン氏が後から乗っ取ってしまったという見方も成り立ってしまうかもしれない。

元軍人のジャーナリスト、エロル・ミュテルジムレル氏が暴露したところによれば、1999年の段階で、既にトゥールル・テュルケシュ氏らはエルドアン氏を次期首相として担ぎ出そうとしていたらしい。 トゥールル・テュルケシュ氏は、1960年の軍事クーデターの首謀者の一人で、その後MHPの党首となったアルパスラン・テュルケシュ大佐の子息である。

1999年10月、ミュテルジムレル氏は、ある会合に呼ばれて、そこで「次期首相エルドアン」のアドバイザーを打診されたという。ミュテルジムレル氏によると、その会合場所へトゥールル・テュルケシュ氏は米国領事館員と共に領事館の車両で乗り付けたそうだ。「次期首相エルドアンについて、米国の了解は既に取り付けてある」ということだったのかもしれない。

ギュレン教団は、2002年にAKP政権を成立させた際、反米的なエルバカン師の愛弟子だったエルドアン氏のいないAKPを構想していたが、当時、エルドアン氏は「宗教を扇動した罪」で服役して被選挙権を失っていたため、これはほぼ実現していた。

ところが、ギュレン教団の勢力拡大に不安を感じたCHPのバイカル党首(当時)が、エルドアン氏に被選挙権が与えられるように運動した、という説もある。これが正しければ、潜り込んでいたのは正しくエルドアン氏の方だった・・・。

ナショナリストのバイカル氏は反欧米的な姿勢でも知られていた。2003年、イラク戦争におけるトルコの対米協力が反故にされた裏には、バイカル氏とエルドアン氏の密談があったのではないかと言われている。

イカル氏とエルドアン氏は、その後、議会で罵り合いを続けて険悪な雰囲気を醸し出していたが、バイカル氏は2009年にスキャンダルで党首の座を追われると、テレビ番組のインタビューに答えて、エルドアン氏と家族で会った話を披露している。

2017年の10月にバイカル氏が脳梗塞で倒れた際、エルドアン大統領は、外科医であるバイカル氏の子息の要請に応えて、脳外科の権威であるウウル・テュレ氏をアンカラの病院で手術に立ち会わせるため、大統領専用機を飛ばしてテュレ氏をイスタンブールから連れて来ている。

エルドアン氏とバイカル氏の間には家族ぐるみの付き合いがあったのではないだろうか?

そうなると、バイカル氏をエルドアン大統領の「盟友・同志」に数えても大きく間違ってはいないような気がする。

何だか、トルコという国家は、欧米としたたかに渡り合うため、様々な偽装・演出を施してきたのではないかと勘繰りたくなってしまう。

merhaba-ajansi.hatenablog.com