メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコの軍と政権

先日お伝えしたように、6年前のマービ・マルマラ号事件で、当時のエルドアン首相は、どうやら事前にマービ・マルマラ号の航行を承認していたわけではなかったらしい。事件後、「私が許可した」と発言した背景には、様々な政治的思惑が絡んでいたように思える。
さらに想像を膨らませると、マービ・マルマラ号による救援活動を進めていたイスラム系NGO“IHH”をエルドアン首相が支援していたのは、類似の活動に尽力していたフェトフッラー・ギュレン教団系のNGOを牽制するためだったのかもしれない。
8か月前のロシア軍機撃墜事件についても、日本では「NATOが前もって撃墜を承認していたのではないか」と論じた識者がいた。
それどころか、トルコの南東部が内戦状態に陥り、シリアとの国境でも緊張が高まって以来、軍部にはかなりの権限が委譲されていたそうだから、撃墜は軍部とNATOの了解だけで実行されてしまった可能性も疑えなくはない。
“Serbestiyet”のコラムでは、アルペル・ギョルムシュ氏が、バリオズ(大ハンマー)と名付けられた軍部のクーデター計画に関連する裁判の過程に疑問を呈していた。
「AKP政権の転覆を図ったクーデター計画」と言われ、軍の高官が多数逮捕されたバリオズ事件は、その後の展開で、フェトフッラー・ギュレン教団系の検察官らによる“でっち上げ”だったということになり、軍の高官は全て無罪放免されてしまう。
しかし、今度は裁かれる立場になったギュレン教団系の検察官らに対する審理は遅々として進んでいないらしい。
ギョルムシュ氏は、当初のクーデター計画に関する膨大な証拠資料の全てが“でっち上げ”だったとはとても考えられない、そもそも“でっち上げ”の証拠が未だに明らかにされていないのは不可解であると述べている。
実際、軍部に何らかのクーデター計画があったのは、既に多くの識者が既成事実として認めているのではないだろうか。軍部を支持する知人は、これを「軍の内部における清算」と説明していた。
つまり、軍の内部にも、AKPを支持するグループと、これに反対するグループの対立があり、結局、AKP支持派が勝って反対派を追い落としてしまった、ということらしい。
知人は、これを「エリートではなく民衆の軍であることを選択した結果」と言い表していたけれど、知人に限らず、こういった内部清算説を唱える識者は少なくない。クーデター計画の証拠資料は、その多くが漏洩ではあっても、軍の内部から提供されていたからだ。
その後、軍の高官が無罪放免されたのは、内部清算の決着がついてしまえば、もう罪に問う必要はなかったと説明できるのではないか。執拗に重罰を課そうとしたギュレン教団系の検察官らは、逆に清算されてしまったのだろう。
とはいえ、エルドアン大統領とAKPが、彼らの無罪放免まで望んでいたとは、ちょっと考えられない。強権政治どころか、全ては微妙なバランスの上に成り立っているような気がする。
ところで、2013年の4月、支持政党別に行われたアンケートで、「最も信頼する機構」という設問に「軍」を選んだ支持者の割合は、各政党で以下の通りだそうである。

AKP-64,5%、CHP-68,6%、MHP-75,4%

AKPと支持基盤が似通っている右派のMHPが、最も高い数値を示している。MHPの創設者であるアルパスラン・テュルケシュ氏は、1960年に軍事クーデターを実行した首謀者の一人だった(陸軍大佐)。
しかし、左派を標榜しているCHPの数値が、政権与党AKPの数値を上回っていたのは、なんとも興味深い。

このアンケートの2ケ月後に勃発した「ゲズィ公園騒動」で、一部のCHP支持者たちは、軍が介入してクーデターを起こすように求めていた。
トルコ共和国は、革命によって成立したため、長い間、革新の左派が体制派に近く、宗教勢力を中心とした保守派が反体制とされるややこしい状態が続いていたのである。
軍とAKPが和解して体制を刷新したかに見える現時点で、再び同様のアンケートを実施したら、AKPの数値はMHPと同じくらい高くなり、CHPの数値は激減してしまいそうな気がする。
CHPの支持者たちは、宗教を始めとする全ての保守的な伝統を嫌い、平和を愛して軍にも反対する、当たり前な“革新”のポジションに落ち着いて来たかもしれない。
昨年来、CHPは政教分離主義という共通項で、クルド政党のHDPと協力し合うような態度を度々示している。HDPは、今やもう分離独立を狙っているPKKの傀儡と見做されている政党だから、これに同調するCHPは、既に反体制派の政党と言われても仕方がないだろう。
南東部では、権限の委譲を受けた軍がPKKと激しく交戦中であり、AKP政権は政治決着の糸口を見失ってしまったかに見える。
CHPがもう少し柔軟な態度で、AKPとHDPが再び話し合える状況を作り出せないものかと思うけれど、これは全く期待できそうもない。
CHPは、AKP政権が行き詰って後退を余儀なくされた現状でも、殆ど明るい材料を見せられなかった。
結局、柔軟で現実的な対応が可能なのは、今のところエルドアン大統領のAKP政権以外にないと、多くの人たちが諦めているのではないかと思う。

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