メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコの中央銀行総裁にエルカン氏が就任

トルコの中央銀行総裁にハフィゼ・ガイェ・エルカン氏が任命された。41歳のエルカン氏はトルコで初の女性の中央銀行総裁となる。

メフメット・シムシェク財務相の再任が決まって以来、中央銀行にもシムシェク氏の要望する人事が行われるのではないかと取り沙汰されていたけれど、どうやらその通りになったようだ。

米国の金融業界で華々しい成功を収めて来たというエルカン氏が、トルコでもその実力を遺憾なく発揮することを祈りたい。

しかし、シムシェク氏とエルカン氏によってもたらされる新たな経済政策には、まだ概要すら明らかにされていない現時点で、既に相当な反発の声が上がっているという。

エルドアン大統領の支持層に多い中小企業経営者は、借入金で操業を維持しているため利上げに反対していて、それが選挙前の「利上げはしない」という大統領の発言の根底にあったらしい。エルカン氏が利上げに踏み切れば、こういった支持層からの反発も予想されているそうだ。

「グローバルなインペリアリズムとの対決」を掲げ、選挙前はエルドアン大統領への支持を訴えていた祖国党のドウ・ペリンチェク氏もシムシェク財務相の再任を激しく非難している。

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ペリンチェク氏によれば、シムシェク財務相はケマル・デルビシ氏の再来に他ならず、トルコの経済を再びグローバルなインペリアリズムへ委ねてしまうということになるらしい。

シムシェク財務相が要求している中央銀行の独立性も、国家の下にあった中央銀行をインペリアリストらへ手渡してしまうことに他ならないそうだ。

ペリンチェク氏は、2016~2017年までのAKP政権の経済政策へ後戻りさせようとしていると言ってシムシェク財務相を非難しているけれど、そもそも2017年まで政権の経済運営を任されていたのはシムシェク氏だった。

2018年、強化された大統領制へ移行して、シムシェク氏が退任すると、経済政策は「yerli ve milli(国産の国民の)」といったスローガンと共に反グローバル的な色彩を帯びていったようだ。

5月21日付けのポスタ紙のコラムでハーカン・チェリック氏が明らかにしたところによれば、近年、成長が著しい財閥にオヤック財閥が挙げられるという。

オヤックはオーナーがトルコの国防省という財閥で、まさしく「yerli ve milli(国産の国民の)」である。トルコの軍は、国の予算以外に、こうして財源を確保できるらしい。

2018年以降、トルコは「反グローバル的な経済政策」ばかりでなく、ロシアへの接近が顕著になり、ユーラシア主義によって西欧から離れて行くのではないかと言われたりした。

ユーラシア主義を標榜するドウ・ペリンチェク氏は、NATOからの離脱、BRICsへの加盟も提唱している。BRICs(訂正:上海協力機構)の首脳会議へ出席したエルドアン大統領には、ペリンチェク氏の影響が見られるという指摘もあるがどうなんだろう?

2016年7月のクーデター事件以降、エルドアン大統領が西欧への不信感を深めていったのは確かだと思う。この辺りに、ペリンチェク氏と共通の認識を得る要素はあったかもしれない。

しかし、何事にも慎重でバランスを図ろうとするエルドアン大統領が一気にユーラシア主義へ傾いてしまうことはないような気がする。

BRICs諸国の存在感が高まって来たとはいえ、トルコの貿易は、いまだに西欧の比重が圧倒的に高いという。そのため、シムシェク財務相による経済の立て直しにエルドアン大統領も期待せざるを得ないと言われている。

とはいえ、西欧が期待しているような「西方回帰」もなさそうである。大統領就任式後の食事会でエルドアン大統領の隣に座っていたのはベネズエラマドゥロ大統領だった。

今後もユーラシアと西欧の間で独自の外交を展開することになるのではないだろうか?

ところで、以下の動画は、1991年11月の選挙前に行われた党首会談の模様だけれど、出席している6人の政党党首の中で、今も存命なのはドウ・ペリンチェク氏(81歳)だけである。

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当時49歳のペリンチェク氏の左隣には、エルドアン大統領の師である故ネジメッティン・エルバカン元首相の姿が見えるけれど、両氏は金利を目の敵にしている点で意見を同じくしていた。

ペリンチェク氏は、エルバカン氏のインフレ解決策を「所詮、資本主義の枠組みの中での解決策」と言って批判している。市場経済を停止させる革命的な解決を迫っているかのようである。

現在でもペリンチェク氏は「市場経済の制限」を主張して憚らない。30年以上、殆ど変わらない主張を繰り返して来たのはなかなか凄いと思う。

イスラム主義の闘士」と呼ばれたエルバカン氏が、ペリンチェク氏の批判に少し微笑んでいる表情も印象深い。

両氏は1980年の軍事クーデターで拘束されたが、ペリンチェク氏によれば、エルバカン氏は度々ペリンチェク氏の刑務所内の部屋を訪ねて懇談したという。先に出所したエルバカン氏は、イスラムの祝祭になると、たくさんのバクラヴァ(トルコの伝統菓子)を刑務所のペリンチェク氏へ届けたそうだ。

どうやら、イスラム主義と共産主義には一種の親和性があるらしい。富の公平な分配といったところに共通の要素があるのかもしれない。

エルバカン氏の愛弟子であるエルドアン大統領にも篤いイスラムの信仰があるのは確かだけれど、そこに「イスラム主義」といった拘りは見られないという。

エルドアン大統領は、特定のイデオロギーによらず、トルコの国益を最大限に重視するリアリストと言われて来た。

しかし、「富の公平な分配」に対する意識は、大地震の教訓も踏まえて高まっていると思う。

シムシェク財務相にしても、以下の「AKP政権を支持する人たち」という駄文で明らかにしたように「貧しいクルド人の農家に生まれ、奨学金によってトルコで最も良い大学で学ぶことができた」と語っていたくらいだから、「富の公平な分配」に対する意識が全くないとは思えない。

グローバルサウスが台頭する中、西欧では貧富格差の増大等、資本主義社会の様々な問題が顕著になってきたのではないかと言われている。

トルコが西欧とユーラシアの間でバランスを取りながら、さらなる発展を遂げ、エルバカン氏やペリンチェク氏、そしておそらくはアタテュルクも理想とした「富の公平な分配」に基づく豊かな社会がトルコに実現されることを願ってやまない。

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