メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

エルドアン大統領へ投票した人々

2004年3月26日付けラディカル紙の「トルコにおけるムスリムによる政教分離の可能性」というコラム記事で、アヴニ・オズギュレル氏は、「トルコ共和国が複数政党制に移行した1946年以来この方、選挙民の選択は全く変わっていない。トルコ国民の65%は、右派もしくは宗教色の強い保守政党に票を投じ、35%は政教分離の原則を鮮明に打ち出した政党を支持して来た。」と述べていた。

しかし、およそ20年を経て様相はかなり変ってきたかもしれない。今回の大統領選挙で、52%の選挙民は「宗教色の強い保守的な人物」という理由でエルドアン氏に投票したのだろうか? 

そもそも今回の選挙では、かつて政教分離の原則を鮮明に打ち出していたDSP(民主左派党)やVatan Partisi(祖国党)がエルドアン大統領を支持したり、宗教色の非常に強いSP(幸福党)がクルチダルオール氏を支持する野党連合に加わったりしていた。

イスラム主義と政教分離主義の対立」という構図は、既に殆ど意味を成していないのではないかと思う。

トルコの選挙では、かねてより「浮動票の行方」が勝敗を左右すると言われて来た。エルドアン大統領のAKP(公正発展党)もクルチダルオール氏のCHP(共和人民党)も、その固定票はいずれも高々25%~30%ぐらいであるらしい。

この双方の「25%~30%」には、「イスラム色の強い保守」と「政教分離主義の革新」という色分けが可能であるかもしれないが、産業化とそれに伴う都市化の波の中で、双方にそれなりの変化も見られる。

イスラム的な保守層は都市生活への適応を経て随分とモダンに変化した。

一方の「政教分離主義者」は、現代的な都市生活がもたらした安逸によるのか、政教分離と共にアタテュルクが命じた国是である「国土の不可分の統一」には余り反応を示さなくなってしまったようだ。

いずれにせよ、双方の強い支持者が集まるミーティングなどで取材すれば、そういった「25%~30%」の中から極端な声ばかりを拾うことも可能になるだろう。そして、「分断と対立」という構図を浮かび上がらせる。

例えば、日本で「5月1日のメーデーに参加した人たち」と「8月15日に靖国神社で参拝した人たち」をそれぞれ取材したら、「深刻な分断と対立に悩まされる日本」を描き出すことが出来るかもしれない。

もちろん、エルドアン大統領が「イスラムの信仰を大切にする保守層」から相当数の票を得たのは確かである。しかし、それだけではなかった。

政教分離を掲げるDSP(民主左派党)の強固なアタテュルク主義者であるアクサカル党首が「グローバルなインペリアリズムと伝統的なトルコ国家の対決」を主張してエルドアン大統領側の連合へ合流したように、少なからぬ政教分離主義者・アタテュルク主義者が「国土の不可分の統一」を守るためにエルドアン大統領を支持したと言われている。

それから、エルドアン大統領が多くの人たちの共感を得て来た理由の一つにその人柄を挙げても良いのではないかと思う。

選挙戦中に過労で倒れてしまう、一生懸命でひたむきな姿勢。エミネ夫人との強い夫婦の絆・家族愛といった要素は、トルコの社会で左派・右派を問わず共感を得られるだろう。

今回の選挙で、1回目の投票を目前にして退いたムハレム・インジェ候補が語ったとされるところによると、撤退を表明したインジェ氏にエルドアン大統領とクルチダルオール氏の双方から電話があったという。

クルチダルオール氏の電話は「ミーティングに参加しませんか?」という選挙戦絡みの要請だったが、エルドアン大統領は、インジェ氏の母親が入院したと聞いて「お母さんの容態はどうですか? 何か私にできることはありますか?」と尋ねただけで、選挙に関しては何も言わなかったそうである。これは非常に共感を呼ぶエピソードであるに違いない。

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