メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

米国に20年前イラクへ侵攻した当時の「力」は未だ残っているのか?

21年前、米国によるイラク侵攻が迫った2002年12月30日、トルコのラディカル紙に、ネシェ・ドゥゼル氏(女性)がトルコ海軍の退役中将アッティラ・クヤット氏にインタビューした記事が掲載されていた。

クヤット氏は、この戦争にトルコは米国と共に参戦しなければならないと論じており、ドゥゼル氏の「トルコがアメリカを支援しなければどうなりますか?」という問いに対して、以下のように答えている。

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そんな態度を取る為には、経済的に強い国でなければならない。突っ張ろうと思ったら、軍事力だけでは不充分だ。

エルドアンが「イラク問題に関して国民投票を実施する」と言ったら、数時間後にIMFから「トルコには相当渡してあるはずだ」という返答が来た。

トルコにこの戦争を止めさせるような力はない。フランス、ドイツ、ロシアにもこの力はないが、トルコの場合は、戦争に参加しないと経済的に困難な状況に陥ってしまう。

そしてEUとの関係も悪化するだろう。アメリカはこの戦争をイギリスと共に進める。

イギリスはアメリカの望むことをEUに認めさせ、望まないものには拒否権を行使できる国である。

それに、トルコの不参戦を支持してくれる国が周辺に存在していない。世界から孤立してしまうだろう。

時々、「我々にはEUばかりでなく、ロシアや中国といった選択肢もある」なんて言う人がいる。

しかし、本当にそんな選択肢があるのだったら、これらの国にはアメリカの作戦を押し止める力がなければならない。その力もない国に道を求めるのは間違っている。

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ところが、トルコはエルドアン氏が米国に対して協力を約束したにも拘わらず、「トルコ領内の米軍通過」の是非を問う議会評決で、エルドアン氏のAKPから離反票が出て、これは否決され、米国への協力を反故にしてしまう。

今から思えば愚かなことだが、当時、私はこの結果に不満を懐いていた。上記の記事も、クヤット氏の主張に概ね賛同しながら訳していたのである。

特に、「『我々にはEUばかりでなく、ロシアや中国といった選択肢もある』なんて言う人がいる。しかし、本当にそんな選択肢があるのだったら、これらの国にはアメリカの作戦を押し止める力がなければならない。その力もない国に道を求めるのは間違っている。」という言葉には力強いものを感じた。まさしく道理であると思ったのだ。

しかし、あれから20年が過ぎた今、この言葉は未だ「道理」と言えるのだろうか?

ウクライナイスラエルも、その「力」を信じて、米国に道を求めたに違いないが、現状、非常に不安な状況に陥っているようだ。

ロシアや中国といった選択肢が正しいかどうか解らないものの、米国が以前の「力」を失っているのは確かであるかもしれない。

とはいえ、クヤット氏の「そんな態度を取る為には、経済的に強い国でなければならない。突っ張ろうと思ったら、軍事力だけでは不充分だ。」という主張は、今でもトルコでかなり通用しているような気がする。

トルコは欧米の市場に依存する経済構造のため、反米的な態度を取る度に、経済的に揺さぶられ続けているという。

米国に対して、凄まじい非難の言葉を浴びせているジョシュクン・バシュブー氏(元大佐)は、「米国の手先」と糾弾されているギュレン教団がトルコの司法を牛耳っていた2012年、軍の機密をドウ・ペリンチェク氏の「労働者党(現在の祖国党)」に漏洩した罪で立件されて服役している。

どうやら、クヤット氏のように親欧米的ではなく、もとより反米的なペリンチェク氏に近い軍人だったようである。

そのペリンチェク氏は、「欧米の市場に依存する経済構造」からの脱却を唱え、「市場経済の停止」まで主張しているけれど、果たして現実的に可能なことだろうか?

ペリンチェク氏の傘下にあるアイドゥンルック紙などのメディアは、現在、中央銀行のエルカン総裁の父母に纏わる不正を取りあげて、猛烈に叩いているようだ。

そもそも、アイドゥンルック紙は、エルカン氏を推挙したメフメット・シムシェク財務相の就任にも反発していた。シムシェク氏は親欧米的と見做されているからである。

これに対して、反米勢力と穏健派の間で何とかバランスを取ろうとしているエルドアン大統領がどのように応じるのか注目されているらしい。シムシェク財務相とエルカン総裁を任命したのはエルドアン大統領に他ならない。

一方、親欧米で、イラク戦争への参戦を主張していたクヤット氏も、周辺の国々との調和を考慮して以下のように論じていた。

「トルコとしては、この戦争へアメリカ側に立って参加した場合、国際世論に向かって、『我々はこの戦争を止めさせるために最善を尽くした』と言いたいところである。トルコは、戦争が終ってからこの地域を離れて他の場所へ引っ越したりするわけにいかない。また、イスラム国でもあり、これらの隣人から恨まれるのは好ましいことではない。」

日本も太平洋の向こう側へ引っ越すわけには行かないが、果たして、この点はどうだろうか?

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