メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

ギリシャの歌は日本で流行らないだろうか?

イスタンブールで最も賑わうイスティックラル通りを歩いていると、良くギリシャ語の歌を耳にした。CD店が広告用に流している場合もあれば、商店の経営者が自分の好きな歌を聴いている場合もあった。

さらに、チチェックパッサージュからネヴィザーデ小路へ至るメイハーネ(居酒屋)が並んだ裏通りに入ると、生演奏の歌が聴こえて来たりしたけれど、これはまずトルコ語だった。イスタンブールギリシャ語で歌える人はもう殆ど残っていないからだろう。しかし、レベティコと呼ばれるギリシャ歌謡を思わせる曲調が少なくなかったような気もする。

レベティコは、もともとオスマン帝国イスタンブール(コンスタンティニイェ)やイズミルに住んでいたルムの歌謡であり、トルコ共和国の時代になって住民交換などでギリシャに渡った人たちが現在まで発展させてきたそうだ。

≪ルムとは「ローマ人」のことであり、トルコに住んでいるギリシャ人は、自分たちを、ギリシャ共和国ギリシャ人(ユナンル)と区別して、必ず「ルム」と称している。千年の都コンスタンティノポリで暮らすルムの人たちにとって、ユナンル(ギリシャ人)というのは少し田舎者のように聞こえるらしい。≫

例えば、以下の歌は曲名も「ギュルバハル」というトルコ語の女性の名前になっていて、ギリシャ語で歌われる中にも何度か「ギュルバハル」と呼び掛ける箇所がある。イスラム教徒の娘に恋をしたルムの歌だろうか?

この歌にはトルコ語のバージョンもあるから、メイハーネ(居酒屋)で歌われることも多いのではないかと思う。そもそも、メイハーネのような文化は、ルムやアルメニア人が築き上げてきたのかもしれない。オスマン帝国時代、イスティックラル通りの辺りに住んでいたのは殆どルムやアルメニア人のような非イスラム教徒だったという。


Γκιουλμπαχάρ (Κατερίνα Τσιρίδου)

私はイスタンブールでルムの家族の所に間借りさせてもらっていたことがあるので、レベティコやギリシャの歌を聴くととても懐かしくなる。

ルムの家族は、私が引っ越した後も「クリスマス」や「イースター」にはお祝いの食卓に私を招いてくれたけれど、そこにはテレビの衛生放送でいつもギリシャの歌謡が流れていたのである。

懐かしいだけでなく、ギリシャには本当に良い歌が多いと思う。そのため、世界各国に特定のファンはいるようだが、特に流行ったりしたこともないらしい。しかし、あの曲調は日本で流行りそうな気もする。どうなんだろう?

以下も「トルコの歌とギリシャの歌」でお伝えしたマノス・ロイゾスの曲である。


ΕΧΩ ΕΝΑ ΚΑΦΕΝΕ (Μάνος Λοίζος, Λευτέρης Παπαδόπουλος)