メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

アヤソフィア博物館が再びモスクに?

トルコでは、「アヤソフィア」がイスラム教のモスクとして再び「信仰の場」となるかどうかが話題になっているようだ。

アヤソフィアは元々、東ローマ帝国時代の537年にキリスト教の聖堂として建築されたが、1453年、この地を征服したオスマン帝国によってイスラム教のモスクに改装された。その後、トルコ共和国の時代になって、ドーム等の壁を覆っていた漆喰を剥がす作業が進められると、中から聖堂時代のキリスト教のイコンが姿を現し、1935年以降は「信仰の場」ではない博物館として公開されている。

このアヤソフィアを再びモスクにするという話は、2002年にAKPが政権に就いて以来、度々話題に上っていたけれど、その都度、うやむやのまま終わっていた。しかし、今回は大分様相が異なっていて、いよいよ実現されるのではないかと言われている。

これまでは「信仰の場」を求める宗教的な要求という傾向が強かったものの、今回のそれはかなり民族主義的な傾向を帯びているらしい。モスクとしての再開を支持する識者の中には、ネディム・シェネル氏のような、どちらかと言えば左派・共和国主義者のジャーナリストも含まれている。

シェネル氏は、6月12日付けヒュリエト紙のコラムで、モスクになった場合、キリスト教のイコンがどうなるか、現宗務庁長官のアリ・エルバシュ氏と前長官のメフメット・ギョルメズ氏に尋ねた結果を明らかにしている。それによると、両氏とも「個人的な見解」と断りながら「イコンの存在は信仰上問題にならない」としているそうだ。

私は、イスタンブールにいた頃、アヤソフィアの隣にあるブルーモスク(スルタンアフメット・ジャーミー)の堂内には数えきれないほど立ち入っているけれど、アヤソフィアの堂内にはそう度々立ち入っていない。何故なら、安からぬ博物館入場料を取られてしまうからだ。シェネル氏が述べているような形でモスクとして再開されれば、その後は無料で美しいイコンの数々を見ることが出来るようになるかもしれない。(モスクにも、観光客が寸志を入れる箱は用意されているものの、多くの観光客が素通りしている。私はブルーモスクのように度々訪れる所であれば、3回に一度ぐらい、滅多に行かない所では必ず適当な額を入れることにしていた。もっとも、観光客が余り訪れないモスクには、寸志の箱自体用意されていなかった。)

しかし、今回の要求に民族主義的な傾向が強いことを懸念する声もある。その多くは、欧米の反発を危惧しているようだが、シェネル氏は「だからこそ再開すべきだ」と主張している。そこには、『トルコはいつまで欧米の顔色を窺っていなければならないのか』という苛立ちも見られる。

一方、もとよりAKPとエルドアン大統領を支持してきたジャーナリストのナゲハン・アルチュ氏(女性)は、6月15日付けハベルテュルク紙のコラムで、モスクとして再開した場合、「非イスラム教徒の声にも耳を傾けなければならない」と論じている。

そこでアルチュ氏も明らかにしているように、実のところ、非イスラム教徒マイノリティーの宗教的な要求に対して、AKPはかつての政権には見られないほど積極的に応じて来た。トルコのラディカルな政教分離主義者は、イスラム教ばかりでなく全ての宗教に理解を示そうとしないため、もちろんキリスト教徒の「宗教的な要求」にも耳を傾けることはなかった。トルコでは、イスラム主義者の方が、却ってそういう要求に耳を傾けていたのである。

しかし、最近、AKPとエルドアン大統領にも民族主義的な傾向が強まってきた。私がトルコを去った2017年以降、キリスト教徒らの要求の受け入れはどうなってしまったのだろうと気になっている。

アルチュ氏によれば、以前ほどではないにせよ、引き続き他宗教の要求に応じる姿勢は維持されてきたそうである。例えば、2019年8月には、シリア正教会の教会が96年ぶりに新設されている。その年の12月、ガジアンテプでは、ユダヤ教ハヌカ祭が40年ぶりに公式行事として祝われた等々・・・。

願わくは、アヤソフィアがモスクとして再開されるのを契機に、ヘイベリ島の正教会の神学校の再開などが再び議題に上がることを祈りたいと思う。

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《6月12日付けヒュリエト紙のコラム》

https://www.hurriyet.com.tr/yazarlar/nedim-sener/ayasofya-mozaikleri-ne-olacak-41539581

《6月15日付けハベルテュルク紙のコラム》

https://www.haberturk.com/yazarlar/nagehan-alci/2712530-ayasofyayi-ibadete-acarken-gayrimuslimlerin-taleplerine-de-kulak-vermek-sart