メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

クルド問題とAKPのジレンマ

(3月25日)

憲法改正国民投票で、AKPとMHPの票が集まった場合、軽く60%を超えてもおかしくないけれど、MHPからは相当な離反票が出るのではないかと言われている。一方、AKP側にも、賛否を未だ決めかねている支持者は少なくないらしい。

また、南東部でクルド人の票がどう動くのかも重要であるという。

「AKPを支持してきた信仰に篤い人々が、MHPを嫌って離反するだろう」と論じる識者もいれば、クルド系政党HDP支持者の一部が、賛成票を投じる可能性も指摘されている。

「PKKは、20カ国に利用されてきた」と明らかにして、反PKKの姿勢を鮮明にした“クルド民族運動の闘士”レイラ・ザナ氏が、賛成を呼びかけているからだ。

しかし、この呼びかけに、MHPのトルコ民族主義者は反感を覚えるかもしれない。中には、ザナ氏の真意を疑う人もいる。

トルコ民族主義者たちから票を取ろうとしたら、クルド人の票を取り逃がす、クルド人の主張に耳を傾けると、今度はトルコ民族主義者の票が逃げる。AKPは結党以来、このジレンマに苦しんできた。

そもそも、クルド問題さえなければ、2015年6月の選挙で過半数を割ったAKPは、すんなりMHPと連立を組んでいただろう。

とはいえ、あの選挙の翌日、トルコ民族主義的な友人が、フェイスブックに、「これで、神の思し召しにより、AKPとMHPの連立が実現し、シオニストの陰謀が砕かれることを望む」と書き込んでいたのには驚かされた。

もちろん、残念ながら、当時、未だ「クルド和平プロセス」を断念していなかったAKPに、MHPは歩み寄る姿勢すら見せなかった。

実のところ、「クルド和平プロセス」は、既に2014年の段階で破綻していたようである。PKKは撤兵の合意を守らなかったばかりか、その頃から、一部のHDP系市長らの協力を得て、地雷を埋設するなどして、戦闘再開の準備を進めていたという。

AKP政権がこの動きを全く知らなかったとは考えられないものの、自分たちから「和平プロセス」を反故にするわけには行かないため、じっと相手の出方を窺っていたらしい。

AKP党内にも、意見の対立はあったと思われるが、結局、2015年の8月に、PKKは全面的に武力闘争を再開、「和平プロセス」は凍結されてしまう。


2015年11月9日(月) 

2015年10月15日(木)

 2016年9月8日(木)

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