小学生の頃、毎週のように通っていた墨田区立あずま図書館では、一時期、閉館の時間に交響曲「田園」の第2楽章が流れていた。
何度か聴いて耳に馴染み、そのメロディーが好きになってからは、わざわざ閉館の時間まで待ち、図書館の片隅に佇んで聴いたりしていた。曲名は、おそらく司書さんに尋ねて知ったのだと思う。
6年生ぐらいになって、ステレオ・レコードプレーヤーが我が家にもたらされると、「田園」のレコードも買ってきて、わくわくしながら第2楽章から聴いてみたけれど、それは同じ曲とは思えないほど異なる演奏だった。結局、数回聴いただけで、レコードはお蔵入りになってしまった。
高校へ進学してから、クラシック音楽に詳しい友人に訊いて、その「田園の謎」が明らかになった。私が買って来たレコードは、ロリン・マゼールという指揮者の演奏だったが、マゼールは非常に変わった演奏を好む指揮者であるらしい。
友人は「テレビのコマーシャルや図書館の閉館音楽などに使われているのは、田園の定番と言われるワルターかベームの演奏だよ」と説明してくれた。
私は『指揮者でそんなに変わるものか?』と半信半疑ながら、早速、ワルター指揮の「田園」を聴いてみて驚いた。あの図書館で聴いた曲のイメージが鮮やかに蘇って来たのである。それは何だかとても感動的な瞬間であったように思い出せる。
今でも、田園の第2楽章は良く聴いている。クラシックの名曲を聴いて何かの思い出とリンクすることは殆どないけれど、田園の第2楽章だけは、ちょっと例外であるかもしれない。酒を飲んでから聴いたりすると、時々、図書館の片隅でこの曲を聴いていた子供の頃の私が思い出されたりするのである。