メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

ヴィルヘルム・バックハウス最後の演奏?

《2007年4月12日付けの記事を修正して再録》

クラシック音楽で、「どの曲には誰の指揮が良い」なんていう付け焼刃の知識は、殆どが高校時代に同級生の友人から得たものである。

友人は御両親が音楽の先生であり、子供の頃からクラシック音楽に慣れ親しんでいたため、実際、なかなか造詣が深かったんじゃないかと思う。

ある日、学校の昼休みに校内放送でモーツァルトの40番をやっていたので、「これ誰の指揮だか分かる?」と訊いたら、「うーん、これはワルターじゃないかなあ」と言うから、最後まで聴いて曲を紹介するアナウンスに耳を傾けると、これが正しく「ブルーノ・ワルター指揮のコロンビア交響楽団」だった。

「凄いもんだなあ」と驚いて見せたら、「実を言えば、ワルターの振ってる40番は今日始めて聴いたんだが、あの演奏にはワルターの芸術性がにじみ出ていたよ」なんて言うのである。

これにはますます驚いてしまったけれど、どうやらワルターの演奏は、どの曲にもワルターらしい特徴が現れるらしい。

この友人が、ある晩、寮の私の部屋に来て、持参したカセットテープを私のラジカセにかけ、「これはベートーヴェンピアノソナタテンペストだ。85歳のバックハウスが最後に録音した演奏であり、バックハウスはこの一週間後に世を去っている。既に技術的には惨憺たる状態でミスタッチも目立つが、なんというか魂に訴えかけてくるような凄まじい演奏だよ」というように解説をしながら、心して聴くように命じる。

それで暫く大人しく聴いていると、横から彼が「どうだ、感動しないか?」と訊いてきたけれど、初めて聴く曲で他の演奏と比較のしようもないし、別段何も感じなかったので、その旨伝えたところ、尚も「比較する必要はない。これは感性の問題なんだ。なにか感じるはずだよ」と感じない奴は鈍いんだと言わんばかりである。

それでも、結局、感じることはなかったから、はっきりそう言うと、彼は急にゲラゲラ笑い出し、「良いんだ、それで良いんだよ、感動しなかったお前を褒めてやる。このピアノを弾いているのは俺なんだ。でも、ああやって説明したら、結構、本当に感動しちゃう奴がいたから困ったよ」。

まあ、理由はなんであれ、何かに感動するのは悪いことじゃないのだろう。