メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

ボクシングの名試合とベートーヴェンの四重奏曲

昨日、ハグラー氏を追悼する駄文を書いてから、1981年9月に挙行された「シュガー・レイ・レナードトーマス・ハーンズ」のウェルター級タイトル統一戦を久しぶりに観た。ハグラーのボクシングは実に芸術的だったものの、最初から相手を圧倒してしまう試合が多く、「大逆転勝利」といった試合は全く見当たらない。

ところが、「レナード対ハーンズ」の一戦は、前半をハーンズがやや有利に進め、中盤レナードが盛り返したものの、後半はハーンズが態勢を立て直して逃げ切るかに見えた矢先、突如としてレナードの連打が炸裂して大逆転勝利を収めるという実にスリリングな展開で、両者がその持ち味を存分に見せつけた名試合だった。


Ray Leonard vs Tommy Hearns I September 16, 1981 HD 60FPS No Commentary

私はこの試合を職場の休憩時間に赤羽の中華料理店で観ていた。

息詰まるような攻防が続いた第3ラウンドでは、隣のテーブルで食事していたスーツ姿の2人の内の1人も、思わず箸を止めてテレビ画面に釘付けとなり、「これ凄くない?」と同僚を誘ったけれど、同僚は少し観ただけで「なんだこれ外人同士じゃないか」と言って食事に戻り、見入っていた人も同僚に促されるまま画面から目を離してしまった。実に残念なことだと思う。

しかし、この試合を始め、レナードやハグラーの緊張した美しい動きは、何の予備知識もなく観た多くの人たちの心も捉えるのだと改めて感じ入った。後は自分の感性に素直になれるかどうかの違いじゃないだろうか? 

私も割と素直なところは数少ない取り柄の一つかもしれない。音楽なども『あれっ、これ良いな』と感じたら、直ぐ詳しい友人に尋ね、「それが気に入ったなら、これも聴いてみなさい」と勧められたものを聴いて、好きな曲を増やしてきた。

ベートーヴェンのラズモフスキー1番もそういった曲の一つだけれど、この曲の第4楽章を聴くと、何故かあの試合でレナードが見せた華麗なステップを思い出してしまう。とてもリズミカルで小気味の良いステップはなかなか音楽的であると言えそうだ。


Beethoven: String Quartet No. 7 in F Major, Op. 59, No. 1 "Rasumovsky" - 4. Thème russe. Allegro

そもそも、あの試合の展開はまるで一つの四重奏曲、もしくは交響曲を聴くような感じだったかもしれない。アレグロのようにテンポ良く進んだ試合は、中盤から後半にかけて、リーチ差を活かしてレナードとの距離を取り始めたハーンズの戦法により、まるで緩徐楽章といった雰囲気に包まれたものの、13ラウンドに突如としてクライマックスを迎え、怒涛のアレグロで締めくくられるのである。

まあ、40年もの間、同じ試合ばかり観て、こうして間抜けな感想を漏らすのもどうかと思うが、ボクシングはこの30年ぐらいでかなり衰退してきているような気もする。

米国では、頭部への打撃による危険性が指摘され、モハメド・アリやジェリー・クォリーを始めとする名選手がそれを立証するかのように健康を損ねて悲劇的な晩年を送ったこともあり、競技人口が激減したという。最近のニュースを見ても、各クラスで米国の黒人選手の活躍が余り報じられていない。あれでは相当にレベルも下がっているのではないだろうか?

しかし、ボクシングという競技の舞台が仮に幕を閉じることになったとしても、モハメド・アリ、マービン・ハグラー、シュガー・レイ・レナードの名試合の数々は、現代にベートーヴェンモーツァルトの曲が聴かれ続けているように、私たちの心を震わせ続けるのではないかと思う。

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