メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

産廃屋の思い出/(1)犬の災難

《2008年7月の記事を書き直して再録》

1983年、23歳になって、もう少し収入を増やそうかと思い、スポーツ紙の求人欄に出ていた「35万上確・4tダンプ」の文字に引かれ、川越にある産業廃棄物処理の会社の寮に住み込んでダンプの運転手をやることになり、この寮で生活した2年8ヵ月が、ちょっとした人生の岐路になったかもしれない。

当時、運送屋などの社長は何処でも「親爺」と呼ばれていて、その会社の社長も運転手たちからそう呼ばれていた。社長は在日朝鮮人2世で、恐いから余り親しく話したことはなかったけれど、私にとっては正しく「親爺=父」のような存在だったと思う。私はここで働いていた時に韓国語を勉強し始めたのである。

*登場人物等の名称は、私を除いて全て仮名。

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会社の寮は、廃棄物の保管地に立てられたプレハブで、1階は事務所等になっていて、2階に大部屋が三つあり、それぞれに5人~8人の運転手が住み込んでいた。

周囲には林や田園風景が広がっていたけれど、廃棄物は私たちがダンプで運んで来る建設現場のものばかりではなく、外来が持ち込む得体の知れない塵埃等もあり、プレハブより遥かに高く積み上げられたゴミの山からは絶えず異様な匂いが漂って来るし、日中はブルドーザーがゴミの山を押し上げて、埃を撒き散らし、凄い振動が伝わってくるから、テレビやラジカセのような電機製品もすぐに傷んでしまうほどで、あれは人体にも決して良い影響を与えていなかっただろう。

寮には、入れ替わり立ち代り色んな人たちが働きに来ては辞めて行き、私が入る前からの住人で、私が辞める時までいたのは、私より4歳ほど年長だった沖縄出身の好漢オオシロさん、岩手県に妻子を残したまま出稼ぎに来ていた重機の達人で憧れの大先輩サトウさん、サトウさんと同年輩で私より15~17歳年長の怪人ナカダさん、通称ナカ爺の3人だけだった。

ナカダさんが何で怪人なのかと言えば、まずは体格と顔が凄かった。推薦で某大学のラグビー部に入ったものの途中で辞めたという典型的な体育会系崩れで、身長180cmほどの筋肉質で横幅のある引き締まった体に、その体と比べても異様にでかくて角張っている日本人離れした顔が乗っかっていた。

日本人離れしているのは、張り出した眉骨と立派な鉤鼻で、「花の応援団」の青田赤道を思い出して頂けると良いかもしれない。仕事も生活も全てにおいてチャランポランで、サトウさんのように立派な先輩とは言い難いけれど、なかなか味のある人物じゃなかったかと思う。

それから、コジマさんという先輩は、転職して寮を出た後、暫くして会社には復帰したが、アパートを借りてしまったから、寮には戻って来なかったのである。オオシロさんと同じく、私より4歳ほど年長で、怪力無双の好漢。ナカダさんのように横幅はなかったものの、若い分、力は負けていなかった。威圧感のある恐い顔に似合わず、優しいところがあって頼りになる先輩だった。

さて、私がそろそろ仕事に慣れた頃、クニサダと名乗る30歳ぐらいの男が入って来て、この人は呆れ返るほど性質が悪く、不愉快な印象しか残さなかったけれど、『こんな人もいたんだ』ということで、少し思い出す話を書いてみる。

クニサダさんには、私が3日間ほど助手席に乗せて仕事を教えた為、彼とは否が応でも親しい間柄になった。

初めは、やたらと腰が低く、私を始め他の運転手たちにも、「クニサダと呼んで下さい。宜しくお願いします」と殊勝に挨拶していたけれど、免許証に記載されているのはクニサダではなくて全く異なる氏名であり、しかもこれは普通の日本人名だったから、在日の人たちが使う通名とは訳が違うし、何のことやらさっぱり解らなかった。

クニサダさんは、胸の真中に見栄えのしない般若の刺青を入れていて、「これと同じものを入れているのは、日本にあと一人しかいない。そいつは俺の兄弟分なんだ」と話していたけれど、その後、刺青した人を何人も見てきた中で、そうやってわざわざ説明してくれたのは彼以外にいなかった。

体力が結構あったので、そこそこに仕事はしていたものの、素行が悪く皆から嫌がられていた。

苛立ったりすると、街中でも手当たり次第、弱そうな人たちに因縁を付けて気勢をあげるため、仕事で一緒になった時に、恥ずかしくて困ったことが何度もある。

信号待ちしているダンプの運転席からいきなり顔を出し、横断歩道を渡っている女性に、「こら! このババア、もたもたしているとひき殺すぞ!」と怒鳴り散らしたりするのだ。隣に止まっている私のダンプにも同じ社名が入っているから、当然、お仲間だと思われたに違いない。

一時期、寮では、社長が拾ってきた子犬に皆で餌をやって育てたことがあり、私はその犬を助手席に乗せ、予防注射を受けさせに行ったりして、特に可愛がっていたけれど、クニサダさんは「犬が夜吼えるから眠れない。その内に毒饅頭食わして殺したる」と良く騒いでいた。

そして、ある日、私が現場から帰って来ると、コジマさんを始め何人かの運転手が寄ってきて、「おい、ニイノミ。犬が死んじまったぞ。クニサダの野郎がダンプで追い掛け回してひき殺してしまったんだ」と告げたのである。

呆然としている私に、コジマさんは「いいか、ニイノミ。何も言うな。あいつは普通の人間じゃない。お前が騒いだら、何をしでかすか解らないんだ。ここは抑えろ」と厳しい表情で忠告してくれた。