メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

駐車場の黒いヤギ

1994年の9月、3年ほど暮らしたトルコから日本へ帰って来ると、とりあえず川崎の産廃屋でダンプの運転手として働き始めた。この会社は経営者も従業員もその殆どが沖縄の人で、寮の周辺にも沖縄料理屋が多かった。

多分、1~2日先輩のダンプに同乗して仕事の要領を教わり、その翌日一人で仕事をこなして、夜、ダンプの駐車場に戻って来た時のことだ。ダンプのヘッドライトに照らされ、黒い犬にしては大きな動物が前を横切ったのが見えた。驚いて業務用無線を手に取り、「・・・駐車場に何か動物がいます」と呼び掛けたところ、応答してきた先輩の一人が「心配するな、それは親爺が飼っているヤギだ」と笑いながら教えてくれた。

沖縄出身の社長は、肉用として販売するために、5~6頭のヤギを駐車場で放し飼いにしていたのである。その駐車場は、工場や倉庫が立ち並ぶ埋め立て地の奥の方にあり、昼間も周囲を歩く人など殆ど見かけることがなかった。

沖縄の料理では、ヤギを刺身にしたり煮込んだりして食べる。寮の周辺の沖縄料理屋にも「ヤギ刺し」「ヤギ汁」といったメニューが必ず用意されていた。駐車場のヤギもそういった料理屋に提供されているようだったが、何処で屠殺解体して、どういうルートで販売されていたのかは訊いたりしなかったので良く解らないままだった。

一度、ヤギが何頭かいなくなってしまう出来事があり、社長は「この辺の沖縄料理屋で、ヤギ刺しを半額で出すところがあったら、そいつが犯人だ」なんて冗談とも本気ともつかぬような話をしていたけれど、盗品のヤギは、おそらく何の認可も許可もない所で屠殺解体されてしまうのだろう。

駐車場では、私がいた1年の間にも2回ほど焼肉パーティーが開かれた。従業員の慰労会のようなものだが、社長はその度にヤギを1頭屠殺して私たちに振舞ってくれた。ヤギは駐車場にいる奴を捕まえ、その場でやってしまうのだから、もちろん屠殺解体の許可もへったくれもなかったに違いない。販売するわけじゃなくて、身内の者が直ぐに食べてしまう場合は、許可など必要なかったかもしれないが・・・。

まあ、これは25年前の話だから、今はもっと厳しくなっているのではないかと思う。特に野生動物の屠殺解体に関しては随分うるさくなったらしい。

あのジビエ料理の専門店、両国橋のたもとにあった「ももんじや」はどうなっているだろうと、ネットで検索してみたら、現在も営業を続けているそうだ。いくつかグルメ日記風のブログも読んでみたが、「店頭にイノシシの剥製が吊るされている」というような記述があって驚いてしまった。

私が「吊るされているイノシシ」を最後に見てから、多分、25年以上過ぎているだろう。まさかあれも剥製だったのだろうか? 私は入荷したばかりのイノシシを吊るしてあるのだとばかり思っていたけれど、今となっては確かめようもない。(お店に電話して聞けば判るはずだが・・・)