メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

産廃屋の思い出/(5)失踪事件

《2008年7月の記事を書き直して再録》

 前回、お世話になった社長の恐ろしげな話を記してしまったけれど、あの社長には厳しいだけじゃなく情の濃い一面もあった。また、朝鮮の人らしく長幼の序を重んじていたのか、自分(45歳ぐらいだった)より年上であれば、従業員であっても一定の礼儀を弁えて接していたように思う。

短い期間だったが、ウエキさんという55~60歳ぐらいのおよそダンプの運転手には見えない温厚な方が働いていた時、社長はこの方を「ウエキ先生」と呼んでいた。まあ、前歴が学校の先生か何かでそう呼んでいただけかもしれないけれど、そこに何気ない敬意が表れていたのは確かである。

社長の経歴について知っているのは、在日朝鮮人二世として九州で生まれたこと、お姉さんが北帰していること、十代の頃から現場で働き始めたことぐらいだろうか。今風に言えば全身からオーラが湧き出ているようであり、もの凄い気迫が感じられたうえ、一席ぶてば弁舌も爽やかでよどみなく、私にはそこいらの政治家などよりよっぽど貫禄があるように思えた。

あの「取立て事件」も、支払を滞納した方が連絡もせずに逃げてしまったから、ああいった行為に出たのかもしれない。

今回は、社長の情の濃い一面が表れた話を記すことにする。

「取立て事件」の際、玄関のドアから顔を出した男性が「社長」であることを知っていた配車係のヤノさん、この人もなかなか特異なキャラクターの持ち主だった。

彼のことはやっぱりヤノちゃんと呼ばなければしっくりこない。ヤノちゃんは当時34~5歳といったところじゃなかっただろうか。背が155cmぐらい、ぽっちゃりとした色白な小太りで顔も丸っこく、前髪のところがいつもおかっぱ頭みたいになっていて子供じみた愛嬌が感じられ、事務所の受付にちょこんと座っていると何だか置物の人形みたいに見えた。

先輩たちの噂話によれば、身寄りもなく高田馬場で立ちんぼをしているところを社長に拾われて来たそうだ。産廃屋ではプレハブの一階に個室を与えられ、ダンプの配車と電話受付、外来業者から投棄代を徴収することがヤノちゃんの仕事だった。

ところが、ある時、外来業者から徴収した代金を少々くすねていたことが発覚して、社長から激しい叱責を受けると、そのままプイと出て行ったきり、何日経っても戻って来なかった。

ヤノちゃんは、自分の車なんだか会社の車なんだか、ライトバンを一台専用に使っていて、出て行った時もこの車と一緒に姿を消したから、暫くの間は「ヤノちゃんの車を何処そこで見かけた」なんていう目撃情報が寄せられたりしたけれど、そのうちに目撃情報もなくなり、「ヤノの奴、何処へ行っちまったんだろう?」という話もあまり聞かれなくなってしまった。

あれは、失踪から3ヶ月ぐらい後だったのか、もっと経っていたのか、台風が接近して風雨が強くなったある日、会社からほど遠くない地域をパトロールしていた警察官が、スーパーの駐車場にポツンと一台だけ停まっているライトバンを発見して中を覗いてみると、そこに干からびて死にそうなヤノちゃんが横たわっていたという。

このニュースを聞いて、私は直ぐにヤノちゃんが収容されたという病院に駆けつけた。「餓死寸前の状態」とは聞いていたけれど、医師と看護婦に見守られてベッドに仰向けになっているヤノちゃんの姿を見て、私は思わず息を飲んで立ちすくみ、何と声をかけたら良いのか戸惑うばかりだった。

ぽっちゃりと太って色白だったヤノちゃんは、ガリガリに痩せこけて真っ黒に日焼けし、髪の毛は伸び放題で髭がボウボウになっており、まるで「マヤ遺跡のミイラ(見たことないけれど・・・)」みたいになっていたのである。

付き添っていたタカスギさんが、「おい、ヤノ! ニイノミが来てくれたぞ」と何だか泣きそうな声で呼びかけたら、ヤノちゃんは「おお、ニイノミー」と苦しそうに呻くだけで、直ぐに看護婦さんから遮られてしまった。

ヤノちゃんは、ライトバンに乗って失踪後、行くあてもなく暫く放浪してから、車をスーパーの駐車場に停めてそこで寝泊りするようになり、金がある間はスーパーで何か買って食べたりしたものの、金が尽きると空腹を堪え車の中で横たわっていて、その内に意識を失ってしまったそうだ。

タカスギさんの話によれば、警察からの連絡で社長と一緒に病院に駆けつけると、社長は変わり果てたヤノちゃんの姿を見て号泣し、医療費を全て賄うことにしたという。

その後、ヤノちゃんは暫く面会謝絶となっていたけれど、何週間(1ヵ月以上だったかもしれません)か経って、タカスギさんから面会できるようになったという話を聞くと、私は早速、お見舞いに行ってあげた。

受付で病室を確認し、病室の入口から恐る恐る中を覗いてみたら、ヤノちゃんはベッドの上に背を向けて座って食事の最中で、それは丸々と太った昔どおりのヤノちゃんだった。

おまけに「この飯美味しくないんだよなあ」とか何とか独り言をつぶやくものだから、すっかり拍子抜けした私は『この野郎!』と思い、手にしていたスポーツ紙を丸めながらそーっと近づき、ポコンと頭を引っぱたいてやったら、ヤノちゃんは惚けた顔をこちらへ向けて、「あっ、良く来てくれたなあ」と幸せそうにニコニコしていた。

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