メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

「レギュラーな業務は完璧だが、イレギュラーな事態に動転してしまう日本人」?

15~6年前、東京で開催された物産フェアに参加するトルコ企業の代表者らと共に、当時住んでいたイスタンブールから東京へ行った。

参加者の中には初めて日本を訪れる人もいたが、既に自社製品を日本で展開していて、何度も日本に来ているという人もいた。

これからお話しする社長さんも、そういった日本通の1人だった。

歳は40ぐらいじゃなかったかと思う。背丈も幅もある巨体だったが、いつも笑みを絶やさず、誰とでも気さくに愛想良く接していた。

日本の食文化にも慣れた様子で、何でも美味しそうに食べていた。

フェアが終わって、終日観光に割り当てられていた日、一行を浅草にご案内したら、社長さんは雷門から仲見世に入った直ぐの所にある「揚げ饅頭屋」の店頭で立ち止まり、珍しそうに眺めてから饅頭を一つ購入すると、歩きながら食べて「これは美味い!」と喜び、浅草寺の境内に至るまで、さらに2軒の饅頭屋で立ち止まって、都合3つの揚げ饅頭を平らげてしまった。

浅草寺の階段では、私たちの直ぐ横を欧米風の若いバックパッカーカップルが登っていたが、女性の方はもの凄い美人だった。

それで社長さんが私の肩を突っついて、「おいマコト! 見ろよあの娘、凄い美人だぜ」(もちろんトルコ語で)と言ったら、女性はくるっとこちらを振り返り、にこやかに微笑みながら「Teşekkür ederim(ありがとう)」とトルコ語で応じた。

一行は爆笑、社長さんは巨体を小さくしながら、何度も非礼を詫びていた。

女性はイズミルの人で、米国の大学へ留学中、米国人の彼氏と日本の旅を楽しんでいるそうだ。彼女は久しぶりに母国の人たちと出会って喜んでいるようにも見えた。まあ、「美人」と言われたのだから、それほど気を悪くする必要もない。階段を上がりきった所で、暫く一行と楽しそうに談笑していた。

観光を終えると、社長さんの提案で新宿のカメラ店に向かった。「ヨドバシ」だったか「サクラヤ」だったか忘れたけれど、一行はそこでハンディカムを購入しようというのである。

カメラ店の前には鮨屋があり、社長さんは「買い物が済んだら、ここで鮨を食べよう!」と言い、それから皆で店内に入った。

しかし、この「買い物」が凄かった。社長さんは「いくらまで下げる」と前以て宣言し、執拗な値切り交渉を始めた。

「マコト! お前はとにかく俺の言う通りに伝えてくれ。絶対、その値段まで下がるから・・」と非常に自信がありそうだった。

最後は係員が本店まで走り、承諾を得て来たのか、ほぼその値段に近い所で決着した。それから辺りを見渡すと、店内には私たちしかいない。入口のシャッターはもう閉まっていた。

支払いは、とりあえず社長さんが自分のクレジットカードで皆の分までまとめて払うことになったが、このカードがなかなか読み込めない。係員に「他のカードありませんか?」と促されても、「いや、これしかない」と言い張る。

結局、何度目かで読み込めたため、無事に支払いも済んだけれど、裏口から外へ出た時には、周囲の店も殆ど閉まっていて、辺りは薄暗くなっていた。もちろん、鮨屋が開いているはずもない。

『さて、何処で食べようか?』ということになったら、また社長さんが提案した。「宿泊している赤坂のホテルの近くに24時間やっているレストランがある。安くて美味しいからあそこに行こう!」

『24時間営業のレストランって何だろう?』と思いながら付いて行くと、果たしてそこには「ロイヤルホスト」の看板が見えてきた。社長さんは、もう何度もそこで食事しているらしい。

一行も「ロイヤルホスト」には大喜びだった。まず料理を写真から選べるところが良かったようだ。味も万人受けするように出来ている所為か、全員が「とても美味しい」と満足していた。

値段もあの頃のレートでは、イスタンブールのちょっとしたレストランより遥かに安かっただろう。皆、口々に「美味しくて、信じられないくらい安い!」と言いながら社長さんに感謝していた。

皆に感謝されて喜んだ社長さんは、ここでも自分のカードで一括して支払うと言い、またあの同じカードを差し出した。

しかし、カメラ店のようには行かず、何度やってもカードが読み込まれることはなかった。社長さんはそれでも「サインするから、このカードの支払いにしてくれ」と拘り、「書類を作るのに20分ほどお待たせすることになりますが?」と言われても、「いいですよ。ここで座って待ちますから」とカウンター前のソファーに身を沈め、まったく動じた様子も見せない。

そして、私と皆に向かって、こう説明したのである。

「俺は長年にわたって日本の会社と取引して気が付いたが、日本の人たちはレギュラーな業務なら驚くほど完璧にこなす。ところが、イレギュラーな事態が生じると、たちまち動転して、これまた驚くようなミスを犯す。カードの支払いに書類を用意してサインさせるのは、そのイレギュラーな事態だ。後で書類の処理を忘れてしまえば、あの金額が俺の口座から引き落とされることはない。俺は20分待っても、そこに賭ける!」

言い終わると、社長さんは「ハッハハハ」と豪快に笑った。

多分、あれは本当に賭けたのではなくて、社長さんの余興の一つだったのではないかと思う。

私もあの日の出来事は、今でも楽しく思い出せるし、一行も楽しんでいたようだ。しかし、あれは果たして引き落とされたのだろうか?

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