メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

産廃屋の思い出/(6)三十六計逃げるに如かず

《2008年7月の記事を書き直して再録》

当時、現場の始業時間は何処でも8時ぐらいだったけれど、都内の現場へその時間に着けようと思えば、早朝、道が混む前に出発しなければならなかった。

そのため、大概、朝5時前に出て、6時半頃には現場に着いていた。しかし、もっと早い時間に着けるよう現場から指示されたこともある。

いつだったか、この前話題にした「~~通り沿いの現場」から、「4tダンプで残土積み込み、朝6時必着」という指示があり、定刻前にダンプを着けたところ、現場には人っ子一人いなくて、裏手の道路沿いに、ちょうど4tダンプ一台分ぐらいの土が掘り出されたまま山になっていた。

裏手の道路は狭い一方通行で、東の方から来た車が、~~通りを南の方へ出る場合は多少近道になる為、日中は交通量も多く、長い時間ダンプを止めて置くわけには行かない。

残土をダンプに積み込もうとすれば、車の余り通らない早朝に片付けてしまわなければならないだろう。しかし、現場には未だ誰も来ていないから、これは「運転手が勝手に一人で積んでくれ」という「御指示」であると理解できる。

それで、ダンプを残土山の脇に寄せると、現場の中から通行止めの立て看板を持ち出して、100メートルぐらい先の道路の入口に置こうとしたけれど、許可もないのにそれはあんまりだと思い直し、ダンプの30メートルほど後ろに、『只今、作業中ですよ』という意味で置かせてもらい、スコップを手に早速作業を開始した。

その後、何台かの車がこちらへ曲がって来ようとしたものの、皆、ダンプと立て看板を目にすると、そのまま~~通りの方へ直進して行く。近道と言っても距離はいくらも変わらないから、大概の場合、向こうで遠慮してくれたのである。

ところが、作業が中盤に差し掛かった頃、乳製品か何かを配達しているらしい2tトラックが躊躇わずに曲がって来て、立て看板のところまで来ると、けたたましくクラクションを鳴らし、30歳ぐらいの運転手が窓から首を出して「勝手にこんなもの置いて良いのかよ! 早くどかせ!」みたいなことを喚き始めた。

これは実にもっともなことで、立て看板を許可なく使ったら現場の監督にも咎められるだろうけれど、だからと言って、8時頃に監督が現場へ出てくるまで残土を積み終わっていなければ、これまた文句を言われるだろう。こちらもそう簡単に引き下がるわけにはいかない。

スコップを片手に2tトラックへ近づくと、思い切り気合を入れて「うるせえぞ、こらあ! てめえが下がれ!」と一喝してやった。

私がこんな恫喝を試みても様にならないし、褒められたことじゃないけれど、「ああそうですか」とダンプを移動していたら、他の車がどんどん入って来て、いつまで経っても積み終わらない。ここは「そう簡単に引き下がらないぞ」という決意を見せてやらなければならない。

向こうもトラックを降りて来て、こいつがとても敵いそうもない恐ろしげな奴だったら、その時に、「これは恐れ入りました。ごめんなさい。直ぐに移動します」と言って逃げれば済む。三十六計逃げるに如かずである。

しかし、この時は、トラックのほうが最初の威勢も何処へやら、ヒューッと逃げて行った。ざまあみろだ。

「牛乳屋ごときにチビッて、こんな仕事がやっていられるかい!」と気合を入れなおし、またスコップを振るい続けていると、今度はなんと、ひと目でヤーさんのものと解るごっつい外車が曲がって来た。

これに私は、さっきまでの威勢も何処へやら、米つきバッタのように畏まりながら、その車が未だ立て看板の遥か手前を近づいて来るうちに看板をどかしてしまおうと走り寄ったところ、外車の運転席には明らかにヤクザと分かる男がハンドルを握っていて、その恐い顔は『このガキ! しばいたるぞ!』と言ってるようだった。

ますます慌てて「すっ、直ぐにどかします」と看板を掴んで、もう一度、外車の様子を窺うと、後ろの席に座っていた年配の紳士が運転席の男に何か命じたようで、男はそのまま後ろを振り向くと、車をバックさせ始めたのだ。

私が思わず紳士に向かって、「へへーっ」と頭を下げたら、紳士は「まあいいから頑張りなさい」とでも言うように片手を上下に振った。私がさらに深々と一礼しながら、去り行く外車を見送ったのは言うまでもない。

しかし、あのヤクザさん、早朝から出勤とも思えないし、あれは朝帰りか何かだったのだろうか? 

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