メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

韓国料理:「サムギョプサルは戦争なのよ!」

子供の頃、母が購読していたNHKの「今日の料理」が届けられると、私もその殆どのページに目を通していた。中学生ぐらいになると、掲載されている簡単な料理を自分で作ってみたりすることもあったが、大概はレシピを参考にするためじゃなくて、料理に興味があって読んでいただけである。

当時、「今日の料理」は、「和風・洋風・中華」と3つのジャンルから構成されていて、その他のエスニック料理などが取り上げられることは余りなかった。韓国・朝鮮の料理が取り上げられたのも、私が読んでいた中には、一度しかなかったように思う。

数品の料理が紹介されていたけれど、どういうわけか「韓国風の味付け海苔」だけが記憶に残っている。片面にゴマ油を塗って焼いた海苔だ。その頃、韓国料理と言えば、ビビンバにクッパ、焼肉ぐらいしか知らなかったから、他の料理も興味津々に読んでいたはずだが、どんな料理だったのか覚えていない。海苔が印象的だったのは、「中華」より「和風」に近いものを感じた所為かもしれない。

その頃は、料理に限らず、韓国の文化・現況に関する情報が、中国のそれに比べて極端に少なかった。大袈裟に言えば、なんとなくミステリアスな雰囲気さえ漂っていた。

そのため、上記の「ハングル事始め」でお伝えした焼肉屋さんで韓国・朝鮮が初めて身近に感じられたのではないかと思う。しかし、その「湖月苑」の料理も、所謂「焼肉屋」のスタンダードなメニューが多かった。

ただ、どの料理も絶品と言えるほど美味しかったのである。私は、漂って来た焼肉の匂いに誘われて最初に訪れてから、『あっ、ここの料理美味いな!』と思って通い続けただけだが、今思えば、あそこは「ただの焼肉屋」ではなかった。今なら、グルメ雑誌などに取り上げられて大騒ぎになっているかもしれない。

特に、豚三枚肉の塩焼きが美味しかった。後年、韓国へ渡ってから、『あれはサムギョプサルではなかったのか?』と思い、色んな店でサムギョプサルを食べたけれど、いずれもほど遠い味だった。というより、全く別の料理だったのではないかと思う。

サムギョプサルは、豚あばら肉の余り上等ではない部分を小さく切ってカリカリになるまで焼き、塩ゴマ油コチュジャンをつけてサンチュで巻いて食べる庶民的な料理だが、あの「豚三枚肉の塩焼き」は、それよりも遥かに高級な料理だったような気がする。

1998年、大阪で韓国人留学生のグループから「サムギョプサルを食べる会」に招待されたことがある。

彼らの内、数人が暮らす広いアパートの台所に集まり、皆でわいわい言いながら、ひたすらサムギョプサルを焼いて食べたが、誰も椅子に座ろうとせず、立ったままどんどん焼いて食べるのである。

女子留学生は、これを「삼겹살은 전쟁이야!(サムギョプサルは戦争なのよ!)」と表現した。実に巧い言い方だと思った。まさしくそういう料理ではなかっただろうか。

ところが、最近はこれが韓国でもそうではなくなっているという。高級志向の風潮に、サムギョプサルまで巻き込まれているらしい。

昨年、博多の韓国料理屋で食べたサムギョプサルもそうだった。分厚い豚ロース肉を恭しく塩焼きにするのである。若いK-POPファンが集まる店の中で、おじさんは1人『これ、サムギョプサルと違うだろうが?』と呟くよりなかった。