メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

今回の大統領選挙は「トルコ共和国の存亡」を懸けた戦いになる?

トルコでは、野党6党連合の大統領候補クルチダルオール氏が、6党連合への支持を表明していたクルド民族主義政党HDPのプレヴィン・ブルダン、ミトハト・サンジャルの両氏と会談したことが話題になっているようだ。

(ミトハト・サンジャル氏は、2015年のノーベル化学賞受賞者アジズ・サンジャル氏の従弟に当たるという。)

会談後の記者会見でクルチダルオール氏は、クルド問題の解決に前向きな姿勢を強調したものの、会談でHDPからどのような要求があったかについては詳細を明らかにしていない。

しかし、政府寄り、あるいは国家主義的な識者らは、HDPがクルド武装組織PKKの首領オジャラン氏の釈放等を要求するのではないかと警戒している。

クルディスタンの分離独立を掲げてテロを繰り返して来たPKKはもちろんのこと、その政治的な下部組織と言われるHDPにも半ば公然と分離独立を主張する党員がいる。

日本の人たちは、例えば沖縄の分離独立を主張し、そのためのテロ活動を容認する政党が国会に議席を持っている状況を想像できるだろうか?

そもそも日本には、沖縄の独自な文化や言語の維持に感心を持つ人たちもそれほど多くない。「琉球語の教育」であるとか「琉球語の放送」が議題に上ったことなどなかったように思う。

クルド語の教育」と「クルド語の放送」は、いずれもAKP・エルドアン政権の下で実現に至っている。

これに尽力したメフメット・メティネル氏のようなクルド人のAKP有力者もいる。

こういった有力者によれば、クルド問題は既に解決済みであり、HDPが解決を要求しているクルド問題とは分離独立に他ならない。

そのため、エルドアン政権を支持する識者の中には、今回の大統領選挙が「トルコ共和国の存亡」を懸けた戦いになると説く人もいる。

とはいえ、仮にクルチダルオール氏が大統領に選出されて、オジャラン氏の釈放を提議したとしても、司法がそれを許さないだろう。

そう簡単にトルコ共和国という国家が分裂してしまうとは思えない。

しかし、野党を支持する一般的なトルコ人の一部にも、クルドの分離独立を容認するかのような傾向は少なからず見られる。

私が未だトルコに滞在していた2017年までの期間で、知人友人らが「クルドなんていらない。アメリカにくれてやれば良い」といった主張を躊躇わずに発言するのを聞いて驚いたことが何度かある。

彼らは皆、西欧志向の強い所謂「アタテュルク主義者」だった。とにかくイスラムや中東的な風潮が嫌で、何から何まで西欧的にならなければ気が済まなかったらしい。

これでは「存亡の危機」も大袈裟な論調とは言えなくなる。それどころか、トルコの分裂は中東全域を凄まじい混乱に陥れる「存亡の危機」に至るのではないだろうか?

欧米がオスマン帝国を解体して独立させた国々のその後を少し考えてみてもらいたい。シリアやイラクなど、起こされたり倒されたり、まるで積み木崩しで弄ばれていたかのようだ。クルディスタンという国が独立しても間違いなく同じ運命を辿ると思う。

また、ここまで大袈裟に考えなくても政権の交代は、現在、トルコが国家として進めている様々な事業や外交政策に何某かの支障をもたらす恐れがあるのかもしれない。

ロシアが黒海からの穀物輸送の延長を60日に限ったのは、大統領選挙の結果を見なければならないからだと指摘する識者もいる。 

トルコは、もちろんエルドアン大統領が独裁的に政策を進めているような国家ではない。大統領府の官僚機構や司法・軍のネットワークにより成り立っているのではないかと思う。

しかし、その中でエルドアン大統領が、バランスの取れた指導力で自分に与えられた役割を果たしてきたのは確かだろう。

今回の選挙を「トルコ共和国の存亡を懸けた戦い」と説く識者の気持ちは多少なりとも理解できる。

merhaba-ajansi.hatenablog.com