このYouTubeのチャンネルの動画がとても面白い。他にもトルコの人たちがやっているチャンネルには面白い紀行動画が多い。
しかし、こうなるとテレビの紀行番組は、大掛かりな取材でもしない限り、存在価値を維持できなくなってしまうかもしれない。
(例えば、上記の動画では神学校の内部まで見られないが、それをイラン政府から許可を得て撮影するとか・・・)
こうして様々な情報がインターネットから得られるようになった。もちろん、ネットの情報は殆んどフィルターを通していない状態だから、デマや捏造、中傷等々が入り混じっているけれど、それは個々が取捨選択すれば良いと思う。
それよりも、大手のメディアが過剰なフィルターを通して偏った情報を見せている状況の方が問題じゃないだろうか?
そんなことを考えていたら、またつまらない話を思い出した。
イスタンブールに住んでいた17~8年前、何とか私に仕事を回してくれようとしたトルコ人の友人が、トルコの旅行案内書を日本語に訳さないかと持ち掛けて来た。それをトルコの観光協会の推薦本として日本人旅行客に買ってもらおうと言うのである。
私はその親切な提案に対して、生意気にも「本は押し付けられて買うのではありません。各々が内容を見て判断するのです」なんて言ってしまったけれど、果たして今の日本では、私も含めてどのくらいの人たちが、純粋に自分の判断で読む本を選んでいるのだろう?
大手メディアによる広告やSNSの推薦記事から知らず知らずに影響を受けている場合が少なくなさそうである。
そのため、なるべくなら「自分が読んでみて面白かった」ぐらいに止めて、「これを読んだ方が良い」とか「悪い」とか強い影響を及ぼしてしまうような文言は避けた方が良いのではないかと思った。