メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

多民族帝国の崩壊と国民国家の成立は何をもたらしたのか?

6月末に姫路のジュンク堂で購入したのは中公新書の「スターリン」だけじゃなかった。

そのもう一冊「さまよえるハプスブルク」もこの長期休暇を利用して読もうと思っていたが、結局、後半の部分はざっと読み流しただけで一応読了ということにした。

カバーの裏に記されている「多民族帝国の崩壊と国民国家の成立は何をもたらしたのか」という文言に引かれて購入したけれど、第一次世界大戦で協商国側の捕虜となったハプスブルク帝国の様々な民族から成る軍人兵士らが辿った苦難の道程を詳細に書き表した内容は、特定の研究者を対象としたものであり、あまり一般の読者向けではなかったかもしれない。

スターリン」がとても読み易くて面白かったので、ちょっと残念に感じてしまった。

捕虜の中には協商国側のイタリアと民族を同じくするイタリア人の兵士らもいて、彼らの中には「協商国側に立って戦うから解放してくれ」と申し出た者もいたらしい。

独立するチェコスロバキアチェコ人やスロバキア人の捕虜は「チェコスロバキア軍団」を編成したという。

ハプスブルク帝国は「多民族帝国」と言ってもその歴史が未だ浅かったため、各民族はそれぞれの境界が割と明らかな状態で集まっていたようである。

例えば、その歴史が遥かに長かったオスマン帝国では、イスラム教徒の国民をその母語から分けて境界を明らかにするのは非常に難しかったのではないかと思う。

また、ハプスブルク帝国におけるドイツ人のような主要民族と言える存在もなかった。帝国の中核を成していたのは様々な母語を持つイスラム教徒だったのである。

いずれにせよ、第一次世界大戦の後、ハプスブルク帝国と共にオスマン帝国も崩壊し、イスラム教徒らの一部が「トルコ人」となってトルコ共和国という国民国家を成立させるが、それは現在に至る確かな正統性を得るまで長い困難な時代を経なければならなかった。

もう一つの多民族帝国ロシアは多民族の社会主義ソビエトに生まれ変わって崩壊を免れる。

その過程は中公新書の「スターリン」でも明らかにされていた。スターリングルジア人という出自から民族問題を扱って頭角を現すのである。

しかし、その多民族ソビエトも1991年に崩壊し、ウクライナ等々の国民国家が成立した。それが何をもたらしたのかは現在のウクライナ戦争に良く表れているような気もする。

「多民族帝国の崩壊と国民国家の成立は何をもたらしたのか」というテーマを論じるならば、まさに現在のロシアやトルコに焦点を当てるべきではないだろうか?

多民族帝国は「民族自決」という思想のもとに崩壊を迫られ、それぞれの国民国家が成立して行くわけだけれど、不思議なことに、「民族自決」を強く主張してソビエトトルコ共和国の民族問題にまで介入した米国もまた多民族帝国なのである。

そして、その米国が、現在、ヒスパニックや黒人等の問題で悩まされているのは何とも皮肉な巡り合わせであるようにも思える。