「細雪」は、1936年(昭和11年)から1941年(昭和16年)までの時代を背景に描かれている。
当時は、結核が死病と恐れられていた。
以下の「結核死亡数および死亡率の年次推移」を見ると、1936年の結核による死亡者は14万5千人、1941年には15万4千人に達している。
http://www.jata.or.jp/rit/ekigaku/index.php/download_file/-/view/3014
結核で亡くなった著名人も多く、ざっと調べただけでも、高村智恵子(1938年52歳没)、竹久夢二(1934年49歳没)、倉田百三(1943年51歳没)、新美南吉(1943年29歳没)、及川道子(1938年26歳没)といった例を挙げることができる。
しかし、「細雪」では、妙子が赤痢で死線をさまよったり、悦子が猩紅熱で寝込んだりするものの、特に結核の恐ろしさが記された場面は見当たらない。
赤痢も猩紅熱も感染性の病だから、一応は簡単な隔離処置が取られたようだけれど、悦子の看護に当たった女中のお春どんは、瘡蓋が剥がれ落ちて最も感染の危険性が高まるという落屑期に、悦子の瘡蓋を剥がして面白がっていたりしている。
そのぐらいだから、結核の蔓延にもそれほど神経質にはなっていなかったのだろう。悦子が子供に良くある潔癖症で箸に熱湯をかけて消毒するのを見て、父親の貞之助がやめさせようとする場面もある。
谷崎潤一郎が現代に蘇って、昨今のコロナ騒ぎに接したら、それをどのように描くのか読んでみたくなる。細雪のような「滅びの美」ではなく、騒ぎを皮肉った諧謔的な小説になっているかもしれない。
また、これとは逆に、現代の人々が細雪の時代にタイムスリップして、今のように扇動的なマスコミの報道があったとしたらどうなっているだろう。
新聞では死亡者の数がカウントされ、ラジオ放送は「及川道子さんが結核で亡くなりました。26歳の若さでした・・・」と連日のように悲劇を伝える。
それこそ凄まじいパニックに陥って、社会活動の一切が麻痺してしまったのではないかと思う。