メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

韓国とトルコのクーデター/徴用工裁判に対する青木理氏の発言

あの忌まわしい「7月15日のクーデター事件」から5年が過ぎようとしている。

バイデン大統領が選挙前に、「クーデターで倒せなかったエルドアンを選挙で倒さなければならない」と発言したこともあり、トルコではクーデターの企図に米国が関与したのではないかという説がまた注目されているようだ。

このクーデター事件に限らず、1960年と1980年のクーデターにも米国の関与があったと主張する識者もいる。

「少なくとも米国の事前の承認がなければ、当時のトルコ軍はクーデターを起こせなかった」と言うのであれば、これは既に広く認められている説であるかもしれない。

ところで、1960年と1980年のクーデターと言えば、韓国でもほぼ同時期にクーデターが発生している。

朴正煕氏は1961年の軍事クーデターによって政治の表舞台に姿を現し、1979年の「粛軍クーデター」では全斗煥氏が実権を掌握した。

果たして、米国は韓国のクーデターにも何らかの形で関わっていたのだろうか? 

その辺りは何とも解らないけれど、ソウルに駐屯していた米軍がクーデターの動きを全く察知していなかったとは考えられないような気もする。

それどころか、察知していながら黙認していた可能性も頭から否定するわけにはいかないと思う。

クーデターが成功していなければ、当時の韓国に左派の政権が誕生していたかもしれないからである。

実際、クーデターで成立した二つの政権は、いずれもその後、米国の強い支持を得ている。

先月、ジャーナリストの青木理氏は、出演した報道番組で以下のように語ったそうだが、クーデターとその後の米国による支援を考えてみるならば、まさにその通りであるに違いない。

アメリカが共産圏と対峙するために、日本と韓国に『仲良くせいや』と言ってきたこともあったし、日本の保守勢力が韓国の軍事政権と結びついていた・・・政治的妥結として国交正常化した」

しかし、朴政権による「漢江の奇跡」はどう評価したら良いのだろう?

8年ほど前、韓国のセマウル運動と経済発展について調べていたトルコ人の友人が、協力してくれる韓国の人を探していたので、在トルコの韓国人の友人に話してみたところ、現実主義的な友人の反応は次のようなものだった。

「おい、そのトルコ人に言ってやれ。韓国が経済発展したのは、朴正煕大統領が日韓国交正常化により、日本から経済協力金を得て、それを巧く使って産業化を図ったからだ。他に何もない。セマウル運動なんて全く関係ない!」

もちろん、そういった歴史的な評価は、韓国の人たちによって論じ合われる問題であるけれど、例えば、トルコの歴史学者シュクル・ハニオウル氏は、歴史の評価について以下のように述べている。

トルコ共和国が、オスマン帝国の歴史を全否定しようとしたのは間違いであり、今また共和国の歴史を否定して同じ間違いを繰り返してはならない、歴史を継続性と変化の面で捉えるべきだ」

とはいえ、韓国の人たちが「漢江の奇跡」を再評価するのはともかく、日本統治時代を自国史の中に位置づけるのは非常に難しいだろう。

80年代、韓国では、ソウルの光化門と景福宮の間に建っていた朝鮮総督府庁舎の撤去を望む声が高まっていたものの、全斗煥大統領は「日本統治時代も我が国の歴史の一部である」と言って撤去させなかったという。

結局、金泳三大統領によって、95年に撤去されたけれど、あの総督府庁舎は、周囲の古風な景観に全く合っていなかった。そのため、全斗煥大統領の言葉は重要であると思いながら、私も撤去には喜んでいた。

それには、「朝鮮の独立を奪ったばかりか、その歴史まで踏み躙るかのように、あんな庁舎を建ててしまうなんて、あの時代の日本は、やはりどうにかなっていたのではないか」という気持ちも作用していた。

しかし、韓国の人たちが日本統治時代を自国の歴史と認めて論じるのであれば、それは私たち日本人にとっても難しい問題と言えるのではないか。

私たちも、日本と韓国の間に歴史を共有していた期間があったことを認めて一緒に考えて行かなければならなくなるからだ。

もしも、今後、米国と中国の力関係に変化が生じれば、それは一層難しくなるだろう。日韓国交正常化も再検証しなければならなくなってしまうかもしれない。

米国には未だ突出した力があるようだけれど、かなり屋台骨が揺らいで来たのも事実じゃないかと思う。

例えば、トルコもトランプ政権の時代までは、米国の対中政策に同調するかのような姿勢を見せていたが、このところ微妙に変化して来ているらしい。

少し誇張して今のトルコの米国に対する態度を言い表すならば、こんな感じかもしれない。

「貴方たちの嘘くさい正義に我々はもう只で付き合うことはできない。協力して欲しいと言うのであれば、実質、我々に何を供与できるのか明示してもらいたい。一方の中国は投資案件を持って交渉しに来ているのだ」

もっとも、トルコに限らず、何処の国も皆、実質的な利益にもとづいて外交交渉を進めているのだろう。

おそらく日本の政府も例外ではないはずだけれど、メディアの多くが正義やら善悪ばかりを論じているのは何だか異様に感じられる。

あれでは、米国や中国はもちろんのこと、いよいよ力を付けて来た韓国とどうやって渡り合って行けるのか心配になってしまう。