イスラム
1~2ヶ月ぐらい前、イチロー選手がメジャーリーグで年間最多安打の記録を打ち立てた活躍を回想するBS番組を観ていたら、イチロー選手の前の打席に何処か見覚えのある若い選手が入っていた。 まだ少年のような雰囲気の若い選手に『何処で見たんだろう?』…
一昨日、10月30日に亡くなったメスット・ユルマズ氏、まだ72歳だった。ユルマズ氏は、1991年の6月、43歳の若さで首相に就任している。 私は1991年の4月からトルコで暮らし始め、8月頃になって、ようやく政治に関するニュースも少し聴きと…
《2019年12月9日付け記事を再録》 パキスタンの物理学者パルヴェーズ・フッドボーイ氏は、2001年に著した「ムスリムと西洋 - 9 月 11 日の後」という論説の中で、「イスラム教は- キリスト教、ユダヤ教、ヒンドゥー教、あるいは他のすべての宗…
《2019年12月7日付け記事を加筆して再録》 2015年の12月に“Haberturk”で放送された番組でメルヴェ・カヴァックチュ氏(女性)は、アメリカのイスラムフォビアを変動局面的な問題であるとして、かなり楽観的に見ていたものの、ヨーロッパのイス…
私はトルコで、まず1991年~94年まで3年間暮らし、それから4年間のブランクを経て1998年~2017年まで過ごした。 私が初めてトルコを訪れてから、既に30年が過ぎようとしている。この30年の間で最も大きな変化は、やはり産業化、そして都…
Ma Lana Mawlan SiwAllah - ASFA Temiz Kalpler Korosu (TRT) このYouTubeの動画は、2018年の「ラマダン祭」にイスタンブールのエユップ・スルタン・ジャーミー(モスク)前に設けられたイベント会場で、児童コーラスグループがアラビア語の宗教歌を歌っ…
2014年に亡くなったクルド人の友人は、まだ元気だった頃に、イランを旅行していた。2010年か2011年だったと思う。 友人は西北部のタブリーズで、非常な歓迎を受けたそうだ。タブリーズの辺りは南アゼルバイジャンとも言われ、住民の殆どがアゼル…
トルコでは、アルメニアとアゼルバイジャンの紛争に対して、アゼルバイジャンへの支持を叫ぶ右翼的な人たちがデモ行進したりしているらしい。中には、アルメニア教会の前でアゼルバイジャンの国旗を掲げて行進する連中まで現れたため、いくつか新聞のコラム…
今日は、イスラム暦によるムハレム月の10日目「アーシューラー」の日である。西暦680年のこの日に、イマーム・フサインが「カルバラーの戦い」で殺害されたため、シーア派の人々は「フサインの殉教」を哀悼して盛大な行事を催すようになったという。 私…
アヤソフィアが再びモスクとなり、24日には金曜礼拝も執り行われた。これに対して、内外からの相当大きな反発が予想されていたけれど、どうやらそれほどでもなかったようだ。「エルドアン政権は、反発が激しければ、これを政治的に利用しようと思っていた…
《2016年9月12日付け記事の再録》 7月15日のクーデター事件後、多分、西欧の放送局によるインタビューだった。 エルドアン大統領は、「アタテュルク空港への着陸を強行した際、死の危険を考えなかったのか?」という問いに対して、「人間は必ず死…
アヤソフィアが再びモスクとなることが決まった。名称は以前と同じように「ビュユック・アヤソフィア・ジャーミー(大アヤソフィア・モスク)」になるらしい。 キリスト教のイコン(モザイク画)は、開閉式カーテンで礼拝時に覆うことを検討しているそうだが…
《2019年10月13日付け記事を修正して再録》 ソビエト崩壊後、戦略的な価値が半減したトルコに対して、米国はあからさまに分割を企図するようになったという。 2006年9月には、NATOのセミナーで米軍将校の講師が、トルコ人将校らに「分割さ…
トルコでは、「アヤソフィア」がイスラム教のモスクとして再び「信仰の場」となるかどうかが話題になっているようだ。 アヤソフィアは元々、東ローマ帝国時代の537年にキリスト教の聖堂として建築されたが、1453年、この地を征服したオスマン帝国によ…
《2019年11月1日の記事の再録》 私の偏見かもしれないが、既存の権威に対する抵抗として生まれたキリスト教と違って、イスラム教は、元々為政者の側に立っているように見える。そのためか、権威に対する反抗は悉く戒められているという。 異教徒が支…
《2016年7月28日の記事を修正短縮して再録》 私はイスラム教徒じゃないし、キリスト教徒でもない。家の宗派は一応浄土真宗だけれど、「南無阿弥陀仏を唱えれば成仏できる」なんて話も、もちろん信じていない。 神道にも、伝統的な習俗として、あるい…
《2015年2月3日の記事を修正して再録》 2000年頃だったか、イスタンブールで、ある程度日本語を解するトルコ人女性が、日本人観光客から「イスラム教はどういう宗教ですか?」と訊かれて、「頑張らない宗教です」と即答していた。私は今でもこれに…
コロナの話題ばかりで忘れていたが、昨日でラマダンも終わりバイラム(祝祭)が始まっているようだ。 しかし、トルコではラマダン期間中も外出禁止令が出されたりして、断食明けの夕食イフタルも本来のように親族や友人たちが集まって楽しむことができなかっ…
《2014年10月18日付け記事の再録》 昨年(2013年)の2月頃だったか、ある出版社を訪ねて、そこの編集者と話していたら、彼がイスラムとキリスト教を次のように比較したので、非常に興味深く感じた。「キリスト教には、感嘆を呼び起こし、人を興…
トルコとロシアが停戦に合意して、シリアでの大きな戦闘はひとまず回避されたものの、これは一時的な停戦に過ぎないという見方がトルコでも強いようだ。しかし、YouTubeから視聴したトルコの時事番組でそう論じたトルコの政治学者は、「学術の分野では、否定…
ひと頃、トルコのイスラム化が騒がれていたけれど、あれはどうなったのか? この女優さんがバレンタインデーに楽しんだという「お幸せなメッカへの小巡礼」からイスラム化の問題を考えようとしたら訳が分からなくなってしまうかもしれない。 しかし、これは…
《2017年2月16日に掲載した記事の再録》 一昨日(2017年2月)、「恋人たちの日」関連のネタを探していたら、以下のような2015年2月の記事が見つかった。ジェレン・ヒンディスタンという女優さんが、「恋人たちの日」に、夫とイスラムの聖地…
先日、ベトナム料理の「孵化しかけ卵」を食べて、20年ほど前、トルコの農村で犠牲祭の儀式に立ち会った際の出来事を思い出した。その儀式では、牛と羊が捧げられたけれど、皮を剥ぎ内蔵を取り出す段階になって、屠られた雌羊に胎児が宿っていたことが明ら…
フェトフッラー・ギュレン師の教団は、1970年代の中頃にイズミルで形作られ、90年代以降、急成長を遂げた。その活動には、当初より欧米西側諸国からの支援があったのではないかと言われているけれど、冷戦の時代は、ギュレン師の教団に限らず、そうい…
この10年のトルコの変化を振り返って見ると、与党AKPと野党CHPの立ち位置が逆転してしまったかのようである。10年前、CHPは野党ではあるものの、アタテュルクの政党として共和国体制の守護者をもって任じており、EU加盟を目標に掲げながらク…
歴史に「たら・れば」は無いと言うけれど、もしも、2004年のキプロス国民投票で南側も統合を承認していたら、どうなっていただろう? 現在、シリアからリビアに至る東地中海の問題の中で、キャスティングボートを握っているのではないかとも言われ、ある…
2004年の3月、南東部のビトゥリス県で、妻子ある従兄と不倫して妊娠した未婚の女性が、部族社会の掟に従った実の弟に撃ち殺されるという衝撃的な事件が報じられた。 しかし、この15年の間にも、産業化・都市化がさらに進んだトルコでは、部族社会の解…
ジャズやロックのレーベルとして知られているアトランティック・レコーズの創業者アーメット・アーティガン氏は、オスマン帝国の有数なイスラム教指導者の家系であり、やはりアトランティック・レコーズのプロデューサーだったアリフ・マーディン氏に至って…
何故、人が宗教を必要とするのかについて論じた書物を読んだ中で、今までもっとも納得させられたのは、この「漱石の『行人』」に出て来る『山を呼び寄せるモハメッドの話』」だった。 モハメッドは人々に「山を呼び寄せて見せる」と約束し、それを実行に移そ…
2017年の2月頃だったと思う。トルコの時事討論番組でイスラム神学者と思われる出演者が、「ISやギュレン教団が、何故、あれほど歪な信仰に囚われているのか? それは彼らに“祖国”という概念がないからだ」と語っていた。 左派らしい出演者は、呆れか…