メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコでアルコールと豚肉の禁忌はどのくらい守られているのか?

イスラムの教義上の禁忌として良く知られているのは、アルコールと豚肉だろう。

ところが、トルコの場合、飲酒はかなり広範に行われていて、ラクという酒をトルコの伝統的な文化の一つに数える人たちもいる。禁忌を守っている敬虔な信者たちがそれを激しく非難するわけでもない。

一方、豚肉の禁忌は、何処にでも豚肉があるわけじゃないから、破ることの方が難しい。特定の大きなスーパーなどでは販売しているけれど、非常に高価である。それよりも、羊肉や牛肉がよっぽど安くて美味しいと思う。

しかし、近年は国外へ出かける機会の多いビジネスマンの中に、豚肉を平気で食べる人も増えているらしい。

教義上、豚と知らずに食べてしまった場合は許されることを逆手に取って、「国外へ出たら、料理を勧めてくれる人に、何の肉が使われているのか絶対に明らかにしないでくれと宣言して、出されたものは全て食べてしまうんだ」という“敬虔な信者?”もいる。

2003年、東京で数人のトルコ人ビジネスマンを案内した時には、以下のような一幕もあった。

夕食の席で、一行の一人が、その場に居合わせていない同業者について、「昨晩、夕食を一緒にしたら、あの野郎、豚肉を食べてしまったんだよ」と陰口を叩いたのである。

すると、向かいの席に座っていた同僚は、「そんなこと言ってお前は酒飲んでいるじゃないか。酒も豚も禁忌の度合いは同じだぜ」とやり返した。

陰口を叩いた男が、さらに「しかし、あの野郎は、それが豚であることを知っていながら食べていたんだからな」と続けたところ、その同僚は、さも驚いたような顔をしながら、「えっ!? すると何か、お前はこれが酒だってことを知らずに飲んでいるのか?」と言い放った。

これに皆が笑い出してしまったため、陰口を叩いた男も釣られて苦笑いするよりなかった。

また、2006年だったか、日本へ一時帰国した際、親しくしているトルコ人の家族に、日本のお土産として「カレーのルー」を買って来た時のことである。

当時、大学生だった娘さんが日本へ旅行に行ったりしていたので、家族の面々はカレーを良く食べていたものの、お父さんは土産のカレーのパッケージをまんべんなく眺めてから、「日本語の表記しかないが、豚は入っていないだろうね?」と、私に確認を求めた。

『しまった!』と思いながら、原材料の表示を見ると、そこには「ラード」としっかり記されている。

結局、土産のカレーは私が持ち帰ることになったけれど、後日、また家族の所を訪れたら、大学生の娘さんに、「あなたも馬鹿ねえ、なんでお父さんにわざわざ豚が入っていることを話しちゃうの? 黙っていれば皆で食べたのに」と言われてしまった。

この家族、ラマダンには皆で断食していたし、お父さんも酒は飲まない。そのため、娘さんの発言はかなり意外に思えた。

このやり取りを聞いていた彼女の弟も驚いて、「姉さん、豚はダメだ。それぐらい知ってるだろう?」と詰め寄ったところ、彼女は「ほらね、こういう馬鹿もいるでしょ。今度カレーが手に入ったら一人で全部食べることにするわ」と軽くあしらっていた。

その頃、弟はまだ高校生で、もちろん酒を飲んだりしていないが、成人してからも酒の禁忌は守っているようだった。

11年後の2017年、二日酔いで唸っている私を見て、彼は呆れ果てたように言った。

「あなたは50歳過ぎて未だ解らないんですか? 不味くて頭も痛くなるようなものが何で飲みたくなるのか・・・」

私もこれに少し呆れながら言い返した。「おい、飲んだこともないくせに不味いなんて言うな! あれほど美味いものはないんだ」

「何を言うんですか? 私は一通り飲んでみて『不味い』という結論に達しました。ビール、ワイン、ウイスキーラク、なんでも飲んで、全て不味いことが解ったのです」

それは、彼なりに信仰を確かめる実証的なやり方だったという。私は彼の説明を聞きながら目が点になってしまった。

この20~30年の間に、トルコの社会は非常に多様化したけれど、それは信仰の有り方にも反映していたらしい。

常々敬虔な信仰を語っていた若い雑誌の編集者に、「機会があれば、日本の酒をお土産に買ってきて下さい」と言われた時も驚いた。日本の文化を知るためだから、味見するぐらいなら構わないそうだ。もちろん、それは彼の勝手な解釈によるのだろう。いろんな考え方があるものだと思った。

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