メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

アスリートを支える敬虔な信仰

1~2ヶ月ぐらい前、イチロー選手がメジャーリーグで年間最多安打の記録を打ち立てた活躍を回想するBS番組を観ていたら、イチロー選手の前の打席に何処か見覚えのある若い選手が入っていた。

まだ少年のような雰囲気の若い選手に『何処で見たんだろう?』と、画面下に表示されている選手名を見たところ、「ホセ・ロペス」と出ている。

『えっ? まさかベイスターズのロペスのおっさんじゃないよな?』と思ってネットで調べたら、まさしく「ロペスのおっさん」に違いなかった。

昨日、そのロペス選手が、メジャーと日本の両リーグで1000安打を記録して、盛大なセレモニーで祝福されていた。

ロペス選手はインタビューの中でも「神への感謝」を口にしていたけれど、豪快なホームランで記録達成を決めて走り出す際にも小さく十字を切ったように見えた。その敬虔な信仰が、アスリートとしての真摯な姿勢や人柄の礎になっているのではないだろうか。

ロペス選手に限らず、キリスト教徒、特にプロテスタントのアスリートには、そういった敬虔な信仰を支えに頑張っている人が多いように思える。ベイスターズのラミレス監督もそうだろう。(両人ともカトリックのようだけれど・・・)

やはり、キリスト教には、上記の駄文で紹介したトルコ人編集者が言うように、感嘆を呼び起こし、人を発奮させる力があるのかもしれない。また、個人と神が直接結びつくことにより自立性を高めているような気がする。

イスラム教の場合、個人と神の間に社会が介在しているように思えてならない。

そのため、初期の頃は、強い同胞意識によってまとめられた社会の力で発展を遂げたけれど、やがてその社会性から「持ちつ持たれつ」といった精神ばかりが強調されて、次第に「事なかれ主義」へ陥ってしまったのだろうか?

しかし、そういったイスラムの非生産性を指摘して、反省を促すイスラム学者も現れている。産業化の進展によって競争意識も高まってきた。

そのうちこれがスポーツの世界にも反映されるかもしれない。

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