メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコ語の演説の名調子

一昨日、10月30日に亡くなったメスット・ユルマズ氏、まだ72歳だった。ユルマズ氏は、1991年の6月、43歳の若さで首相に就任している。

私は1991年の4月からトルコで暮らし始め、8月頃になって、ようやく政治に関するニュースも少し聴きとれるようになった。そのため、ニュースで伝えられるユルマズ首相の演説にも熱心に耳を傾けていた。

ユルマズ首相は、その若さに似合わない老練な雰囲気で、演説も言葉を選びながら慎重にゆっくりと語っていた。

「親愛なる国民の皆さん」と始めてから、少し言いよどみ、また「親愛なる国民の皆さん」とやり直したりするなど、同じフレーズを繰り返すことも多かった。トルコ語が良く解っていない私にとって、実にありがたい語り口だった。

一緒にニュースを観ているトルコ人の寮生たちは「マコトも解るようにゆっくり話しているんだ」などと揶揄しながら笑ったりしていた。あの頃がなんだかとても懐かしい。

当時のトルコの政治家では、後に大統領となるスレイマン・デミレル氏が「演説の名手」と謳われていたけれど、くぐもった低い声でたたみかけるように話すため、非常に聴き取りづらかった。

オザル大統領は、その太った体型にも拘わらず甲高い声で、かえって聴き取りが楽だった。また、その演説にはなんとも言えない迫力が感じられたように思う。

しかし、演説と言えば、トルコで評価が高いのは、やはり現エルドアン大統領をおいて他にないだろう。テクノクラート出身のオザル氏と異なり、エルドアン氏は、若い頃からその名調子で聴衆の人気を得て、政治家として台頭したのである。

以下のYouTubeの映像は、その名調子の中でも極めつけだろう。


"Biz bu milletin ta kendisiyiz"

これは、あの「2016年7月15日のクーデター事件」の後、政権寄りのメディアが盛んに使っていたけれど、日付を見ると作製されたのは2015年9月以前であることが解る。

さらに種明かしすれば、元になる演説が行われたのは、2014年1月の「イマーム・ハティップ(イスラム教導師養成)高校創設100周年」に纏わる記念式典であり、その要所を編集したうえ、妙なBGMをかぶせているのである。

編集された部分では、まず預言者ムハンマドの迫害に耐えた物語から始めて、それに自分たちの「ミッリ・ギョルシュ(国民の思想)」の活動を擬えている。

「・・・我々は忍耐を失わなかった。

あらゆる扇動にも拘わらず、武器を手にしたりしなかった。

暴力を問題解決の手段とは見做さなかった。

政治があり、合法的な闘い方があるのに、アンダーグラウンドを選択したり、身を隠したりはしなかった。

狡猾にウィルスのように機構を占領しようとはしなかった。・・・」

確かに、故エルバカン師が率いた「ミッリ・ギョルシュ(国民の思想)」の活動は、あくまでも合法的に選挙で勝つことを目的にしたものだった。

そして、「アンダーグラウンドを選択した」に続くのは、まさしくギュレン教団を標的にした言葉に違いない。その背景には、2013年以降明らかになったギュレン教団との対立があったはずである。

演説で最も盛り上がったのは、以下のナショナリズムを喚起した所じゃないかと思うが、編集された部分でもこれを最後に持ってきている。

「・・・ここは我々の国である。我々の祖国である。我々は、その国民の一人一人である。我々は、国民そのものである!」

ここで私は「Milletin ta kendisiyiz!」を一応「我々は国民そのものである」と訳してはみたものの、こういう訳で良いのかどうかは解らない。いずれにせよ、エルドアン首相(当時)は甲高い声をさらに高くしてこのフレーズを叫び、なかなか強い印象を残している。

やはり、演説は少々甲高い声の方が聴き取り易いし、インパクトも強くなるのではないかと思う。しかし、YouTubeの映像は編集されたものであるし、元の演説も巧く拵えすぎているような感じがする。良く覚えていないが、私はオザル大統領の演説にもっと生々しい迫力を感じた記憶がある。

ところで、甲高い声といえば、YouTubeの映像に、時折、甲高い歓声が入っているけれど、これは元の演説でも聴こえている。歓声の主は、おそらくイマーム・ハティップ(イスラム教導師養成)高校の女生徒たちだろう。

イマーム・ハティップでは既に女生徒の方が多いそうだから当然とはいえ、以前からエルドアン氏の演説に熱狂した聴衆には女性が多かったらしい。

特に、未だ若きエルドアン氏が「ミッリ・ギョルシュ(国民の思想)」で政治活動を始めた頃は、その演説会場にスカーフを被った若い女性たちの姿が目立ったそうである。

元サッカーの選手というスポーツマンで背も高くて格好良いとなれば、若い女性たちが熱狂するのは無理もない。エルドアン氏は、その頃から、古いイスラム的な保守層に変革をもたらす存在だったのかもしれない。

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