メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

イマーム・ハティップの女性たち

週末の“イマーム・ハティップ(イスラム教導師養成)高校100周年シンポジウム”では、とにかく女性の姿が目立っていた。今や、イマーム・ハティップ校に通っているのは、女生徒の方が多いそうだから、当然かもしれないが・・・。
大学の神学部でも、既に女学生の比率が遥かに高いという。女性の教授は、未だそれほど多くないが、女学生の比率が高いのだから、今後、急激に増える可能性もある。
そもそもトルコは、大学教員の女性比率で、世界のトップクラスに名を連ねている。これには、大学教員の職場環境が女性に適しているという要因の他、収入面等で男性にとっては、それほど魅力的ではないといった余り喜ばしくない要因もあるらしい。
将来、トルコのイスラム学の分野で、女性の学者が幅を利かすようになっても不思議ではないような気がする。
現在においても、“イスラムと女性”というテレビ討論で、男性のイスラム学者が、女性のイスラム学者に一方的にやり込められていた。見ていて不憫に思えるくらいだった。
女性イスラム学者によれば、コーランは、当時のアラブ社会が対応可能な範囲で、社会的な弱者(女性を含む)の権利を守ろうとしている。だから、現代の社会に適応すれば、女性の権利はもっと高まるそうである。
今、神学部で学んでいる女学生の皆さんが、イスラム学者として頭角を現すようになったら、男性の学者たちは大変だろう。覚悟していた方が良いかもしれない。
2004年1月、ラディカル紙のインタビューに答えた哲学科の女性教授は、当時、トルコで“政治的イスラムの象徴”であると問題視されていた“トゥルバン”と呼ばれるタイプのスカーフを被っている女性たちをポストモダンと位置づけ、そのスカーフは、「私がこの宗教に属しているのではない。この宗教は私のものなのだ」という自己主張の象徴であると述べていた。
10年近く前、この記事を読んだ時は、非常に感銘を受けたものの、その後、“政教分離イスラム”に纏わる様々な論争の中で、暫く忘れていた。今日、シンポジウムで出会った女性たちを思い出しながら読み返してみると、一層説得力が感じられる。
そのうち、トルコでは、女性を中心にした新しいイスラムが語られるようになるかもしれない。 

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