メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

クルド語の講演

イスタンブールのブック・フェアでは、もう一つ別の講演会にも出かけて見た。

ブック・フェアのパンフレットに、「言語・歴史とアイデンティティー/Dil Tarih ve Kimlik(トルコ語)」という講演の予定が記されていて、講演者が“ジャン・ドスト(Jan Dost)”という方であることに興味を覚えた。

“ジャン・ドスト(Jan Dost)”というのは、ちょっとトルコ人の名前らしくない。トルコには、“ジャン・ナフム(Jan Nahum)”という著名なユダヤ系の実業家もいるから、『ひょっとして、ジャン・ドスト氏もユダヤ系か?』と妙な期待を懐いた。

会場は、40名も入れば一杯になりそうな教室程度の広さで、私が来た時には、後ろの方と最前列の席しか空いていなかった。それで、最前列の端の席に腰掛けると、いくらも経たない内に、講演が始まった。

先ず、司会者の方が、隣のジャン・ドスト氏を紹介しているようだったが、トルコ語じゃないから、何を言ってるのかさっぱり解らない。

一瞬、『ヘブライ語かな?』と思ったけれど、直にクルド語らしいと気がついた。そのうち、トルコ語の訳も入るだろうと思って待っていると、紹介が終わって、ジャン・ドスト氏は、そのままクルド語で語り始めた。

『ええっ?』と思いながら、横にいた関係者らしき人に、「クルド語ですか? トルコ語の訳は無いんですか?」と小さな声で訊いたら、「ええ、クルド語です。残念ながら、トルコ語の訳は・・」と微笑んだので、「申し訳ないけれど・・」と断って席を立ち、そっと会場を後にした。

それから、ブック・フェアのパンフレットをもう一度よく見ると、講演会を主催しているのは、“アヴェスタ(Avesta)”という出版社だったので、今度はその出版社のブースに行ってみた。

ブースの7割ぐらいの場所は、トルコ語の書籍で占められていたが、残りの部分はクルド語の書籍で、トルストイカフカといった世界文学のクルド語訳も並んでいた。

ジャン・ドスト氏の著作ももちろんあった。彼はシリア生まれのクルド人であるようだ。

経営者はクルド人と思われるが、アヴェスタという名称が、ゾロアスター教に纏わるものかどうかは良く解らない。

しかし、ブック・フェアのパンフレットに、『“講演はクルド語で、トルコ語訳はありません”ぐらいの断り書きを入れても良いのに』と思った。会場に来ていた人たちは、皆、クルド語が解っていたのだろうか?

ブースでは、クルド語の本を手に取った中年男性が、「これのトルコ語はないんですか?」と出版社の人に尋ねていた。

クルド語の書籍はどのぐらい売れているのか気になったが、営業用の答えしか返って来ないように思えたので訊かなかった。

かつて、イスティックラル通りにあった“メソポタミア文化センター”では、未だクルド語に対する抑圧が続いていた2007年以前、クルド語の書籍を受付の横にずらっと並べて売っていたのに、トルコの国営放送によるクルド語の放送が始まって解禁ムードが高まった2009年以降、クルド語の書籍は、トルコ語の書籍にその場を明け渡し、隅の方に追いやられてしまった。

あの受付の横にずらっと並んでいたクルド語の書籍は、抑圧への抵抗を象徴していたのだろうか?