メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

若者よ恐れるな(東京ジャーミーの出来事)

久しぶりにモーツァルト魔笛を聴きました。と言っても、“夜の女王”のアリアを2曲とフィナーレを聴いただけです。

そもそも今までに購入した魔笛のレコード・CDは全てハイライト盤で、全曲を聴いたことは一度もありません。

高校の時に初めて聴いて、以来四半世紀が過ぎているのに何ということでしょう。“夜の女王”に叱られてしまうかもしれません。

それにしても、“夜の女王”のアリア「若者よ恐れるな」は素晴らしいです。気合を入れたい時などに良く聴いています。

手元にあるCDを見ると、歌っているのはロバータ・ピータースという方のようですが、どういう方なのか全く知りません。

しかし、華麗にして気品に溢れる中年過ぎの女性じゃないでしょうか? しかも、太っていてはいけません。あくまでも痩せてスラリとしていなければ、“夜の女王”のイメージがぶち壊しです。

ここ数年、そういうイメージの方として良く頭に思い浮かぶのは、前の駐日トルコ大使さん。もちろん女性の方で、華麗にして気品が溢れていました。

私はこの方と思わぬ場所で遭遇してしまったので、尚更、印象に焼きついているのです。

一時帰国していた2003年のことでした。犠牲祭の時じゃなかったかと思いますが、東京に住んでいるトルコ人の知り合いに誘われて、代々木上原にある東京ジャーミー(モスク)へ出掛けたのです。

このトルコ人の知り合いはざっくばらんな性質で、礼拝が終ると、「何か腹ごしらえしよう」と言い、礼拝堂の下にあるモスクのキッチンへ私を引っ張って行きます。「勝手にキッチンへ入り込んでも良いの?」と訊いても、「構やしないよ。皆ここにいるんだ」と取り合いません。

実際、中へ入ると、そこには8~9名のトルコ人が既にもぐり込んでいて、めいめい勝手に茶を沸かしたり、トーストなどを作ったりしていました。

彼らに茶を勧められて飲みながら話してみたところ、その殆どが建設現場などで働く荒くれ者のようであり、大きな声を出して威勢良く振る舞っていたけれど、皆、人は悪くなさそうです。私も直ぐに打ち解けて彼らと冗談を言い合っていました。

すると、そこへ突然、当時の駐日大使、華麗にして気品に溢れるあの女性大使が姿を現したのです。

本当に、警備係が人払いするようなこともなく、いきなり入って来られました。堂々と足早にザッザッと、まるでザラストロ一味の館を急襲する“夜の女王”のように華麗な登場の仕方でした。

それから、「やあ、皆さん。こんなところに隠れていたんですか? バイラムおめでとう」と張りのある声で挨拶されました。

現場の猛者たちは、突然の出来事に先ほどまでの威勢は何処へやら、悪戯を見つかった子供のようにシュンとなって、直立不動の姿勢を取ったけれど、もっと焦ったのはこの私です。大使さんは、端の方から猛者たち一人一人の手を取って言葉を交わしながら、私の方へ近づいて来ます。

私のトルコ語では、二言三言話せば直ぐにトルコ人じゃないことが解ってしまうから、『どっ、どおしたら良いのだあ??』と思いながら、なるべく目立たないように壁の方を向き、じっとしていることにしました。

私が立っていたのはちょうど少し奥まった所で、『これなら何とかやり過ごせそうだ』と横目で近づいて来る大使さんの動きを見ながらドキドキしていたのです。

まあ、結果から申し上げれば、無事にやり過ごすことができました。大使さんは私の少し前をそのまますっと通り過ぎて行かれました。

今から考えれば、『あの時、大使さんと何か話しておけば良かったのに』と残念な気持ちもしますが、舌がもつれて巧く話せなかったかもしれません。「若者よ恐れるな」ですかね、今日の話の落ちは・・・。