メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

モスクワのモスク

モスクワに1万人収容できるモスクが完成して、プーチン大統領と共にエルドアン大統領も式典に参席したことが話題になっている。
グーグルアースで探してみたところ、未だ建設中のそれらしいモスクだけでなく、他のモスクワ市内にあるモスクも確認することができた。
プーチン大統領は、式典で「イスラムは、ロシアの分け隔てることが出来ない一部である」などと語っていたようだけれど、確かにイスラム教徒のモスクワ市民は少なくないらしいから、いくつかモスクがあっても不思議ではない。
97年か98年、大阪に住んでいた頃、市内の図書館でロシア人の方が日本語で講演するというので聞きに行ったことがある。
講演したのは、それほど流暢とは言い難い日本語を話す年配の女性で、正教徒のロシア人だった。
講演後のお茶会で、この方にイスラム教徒との関係について尋ねると、「兄弟です」と微笑まれていたけれど、カトリックに対しては「敵」という激しい言葉を使ったので驚いた。これは、平均的な正教徒のロシア人が懐いている感覚だったのだろうか?
しかし正教会は、その長い歴史の中で、ロシアばかりでなく、アナトリアや中東でも、イスラムを始めとする異教・異文化に絶えず接触してきた所為か、それに対する偏見も少なく、より寛容であるかもしれない。
余り無理な宣教活動もして来なかったのではないか。
もっとも、アナトリアと中東では、却って正教からイスラムへの改宗が多く、オスマン帝国以降は完全にマイノリティーの立場へ転落していたため、宣教どころではなかったに違いない。
とはいえ、ロシアにしても、ヨーロッパの中で、東洋に対する偏見が最も少なかったのは彼らだろう。
「ロシア人の皮を1枚めくるとトルコ人が現れる」なんていう言葉が、ヨーロッパにはあるそうだから、トルコ人等への偏見が少ないのは道理かもしれないが・・・。
ところで、トルコ人の皮を1枚めくると何が現れるだろうか? 
アナトリアトルコ人は皮を1枚めくるまでもなく、様々な民族の表情を持っているように思えるが、あえて例えるなら、現れるのは“ギリシャ人”であるような気がする。