メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トラキア(1)「旧友ムジャイを訪ねる」

休みの間に、トラキア(トルコでアジア側のアナトリアに対しイスタンブールから西側の地域)の方へも出かけて見た。イズミルの「アルサンジャック学生寮」以来の付き合いであるムスタファが今はルレブルガス市にいるのと、やはり寮で一緒だったムジャイという友人の実家もブルガスからさらに一時間ほど先のハブサ市なので、久しぶりにまとめて彼らを訪ねて来た。

彼らも一時は相互に行き来していたようだが、最近はお互い忙しいこともあって疎遠になっているらしく、ふたりとも相手の近況を私から聞こうとする。ほとんど宗教傾向のないムジャイなどは、「どうだい、ムスタファは元気? 相変わらずお祈りばっかりしているのかな。まあ、宜しく伝えといてよ」なんて言うのである。

まずは、ハブサ市のムジャイから訪ねた。彼のところは、近くの村にも家があって、前に来た時は、そこにも寄ったけれど、今回は市内だけだった。彼はここで父親と家電の販売店を営んでいる。

 

夕方着いて一泊し、その翌日、昼過ぎてから店をお父さんにまかせ、「見るようなものもないけど、その辺をブラブラしよう」という話になり、とりあえず市場の方へ行って見ると、結構古めかしい感じのモスクが目にとまった。

「あのモスクは歴史的なものなの?」

「そういえば、この前あそこへは連れて行ってやらなかったな。あれは、ミマルシナンの作だっていうから随分古いもんだよ」

早速モスクの境内に立ち入ったところ、老人ばかりが数人集まっている中にひとり、まだ30代ぐらいの男がいて、何やら老人たちに話しかけている。ムジャイはその男を指差して、

「あいつのこと憶えていないか? 前は村のモスクのイマームイスラムの導師)だったんだ」

そう言われて見ると確かに思い出した。ムジャイの村は、老人たちも村の雑貨屋の前に腰掛けて平然と酒を飲んでいるようなところだけれど、彼は東部アナトリアのエルズルム出身で、モスクのイマームをしていたのだ。ムジャイの話によれば、この村では、毎日の礼拝にモスクを訪れる人も少なく、イマームが忙しいのは葬式の時ぐらいだそうである。

当時、村の若者と談笑するイマーム氏を見てムジャイに、「イマームさんは不信心な村の人たちに腹をたてたりしないのか?」と訊いたら、

「あのなぁ、トルコじゃモスクのイマームってのは国の宗教庁から任命されるんで、言わば公務員みたいなものなんだ。彼も任期中に村の連中と問題を起したいとは思っていないはずさ」

さて、老人たちと話していたイマーム氏は、話が終ると、ニコニコしながら私たちの方へやって来て、「ムジャイ、この人は日本の友人だよね」と訊く。一緒にお茶でも飲もうかと思ったが、ちょうど礼拝の時間になってしまい、彼は「また、後で来て下さい」と言ってモスクの中へ入って行った。

「村のモスクからこっちへ来るというのは栄転だよ。彼はなかなか努力家で通信教育を受けながら大学を卒業したくらいで、そのうちこの地域の宗教行事の責任者になると思うね」とムジャイは言う。

「すると、村のモスクには今、他のイマームが着任しているわけでしょ。その人も村の人たちとは上手くやっているのかな?」

「うん、そんな感じだね。でも、ここにいる彼ほどは人気者になれないだろうな。なにしろ彼には、こんな話もあるんだ。村の若い連中とサッカーに興じていた時、礼拝の時間になったから、モスクへ戻って呼びかけのアザーンを読んだけれど、誰も礼拝に来ないので、彼も礼拝するのはやめて、またサッカーをしに行ったというのさ」

どうやら、そういう人はかえって出世が早いのかもしれない。ところで、この日ムジャイから、ちょっと気になる話を聞かされた。ムスタファの住むブルガス市が所在するクルックラレリ県の一部では、アナトリアの南東部から来るクルド人たちに居住許可が与えられなくなったと言うのである。トルコでは、地域毎にムフタルと呼ばれる町内会会長みたいな人を住民投票により選出するが、このムフタルの裁量で、南東部の出身者には居住許可証の出ない場合があるらしい。

「そういうのは法的に認められていることなの?」

「法的な根拠なんてあるわけないさ。だから勿論、何処其処の出身者だからいけません、とは言わずに、とにかくダメってことにしているらしい」

「県の方ではこれについて、何も言って来ないわけ?」

「知事は黙認していりゃ、それだけ支持率が上がる。つまりこの辺の住民は皆、彼らに来てもらいたくないと思っているんだ」

ムジャイはえらく冷めたところのある青年で、なにしろ初めて寮で知り合った頃、「なんでトルコ語なんか勉強してるの? 次の世代になったら誰もトルコ語を話していないと思うよ」なんて言うので、「じゃあ、何語を話しているんだ」と訊くと、「英語さ」と答えたものだ。だからこの件についても、「悪いことには違いないけど、まあ、しょうがないんじゃないの」というような反応しか示さなかった。

しかしこれ、なり行きによっては、由々しき問題に発展しかねないと思うのだが、果たしてどうなるだろう。

 

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