メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

戦争と宗教(トルコの軍)

《2019年6月16日付け記事を省略して再録》

2001年の5月、イスタンブールにあるロシア正教会の教会を訪れ、ロシア人司祭の話を伺ったところ、この司祭さんはロシアの歴史上の人物としてスターリンを高く評価し、フルシチョフに対しては批判的だったので驚いた。 

スターリンは「大祖国戦争」が始まると、正教会にも協力を求めて、信仰に理解を示したけれど、フルシチョフは再び正教会に弾圧を加えたと言うのである。

この話を、当時、25歳ぐらいだったトルコ人の友人に伝えたら、それほど信仰もないと思われた彼が、次のような反応を見せたので、これまた興味深かった。

「当たり前さ、バース党のサダムだって戦争が始まったら、アッラーに祈りだしたじゃないか。トルコは国民を総動員しなければならないような戦争を経験していないだけなんだ。そういう事態になったらスターリンやサダムと同じことをしなければならなくなると思うね」と言い、それから少し語気を強めて、こう続けたのである。「ここの軍隊は楽なところに座っているだけなのに、えらく思いあがっているんだ」

確かに、アタテュルクを始めとする有志軍人たちが独立戦争を戦った時代とは異なり、その頃のトルコは、クルド武装組織PKKとの小規模の戦闘が続く南東部を除けば、至って平穏であり、軍人が戦死するリスクは少なかったにも拘わらず、軍は政教分離主義の守護者として特権階級のように振舞っていた。 

外部の敵より、内部の分離独立主義者やイスラム的な反動勢力を取り締まるのが主な任務であるかのように思われ、そのためなら国政に介入するのも当然の権利と見做されていた。 

2007年、イスラム的なAKP政権に反対する政教分離主義者らのデモ行進では、「軍は任務へ!」というプラカードも掲げられた。つまり、国政に介入してAKPを政権の座から引きずり降ろしてくれと言うのである。 

しかし、独立戦争の時代には、アタテュルクもイスラムの精神を鼓舞する発言を多く残していたそうだ。

トルコの国歌“独立行進曲”にも、新月アザーンといったイスラムを象徴する言葉が出て来る。やはり、あまたの犠牲を伴う戦争を戦い抜くためには、信仰の力に頼らざるを得なかったのだろうか? 

そもそも、軍が政教分離主義の守護者をもって任じていた頃も、兵士らが突撃する際の「鬨の声」は「アッラー!」だったという。 

あるイスラム主義者は、これを批判して、「普段はイスラムの教えを蔑ろにしているのに、死を覚悟させる時だけは『アッラー!』と叫ばせるのか? イスラムの価値を認めるか、さもなければ『アタテュルク!』と叫ばせるべきだ」というように論じていた。 

実際、2015年以降、シリア国境付近での戦闘が激化して、戦死する軍人が後を絶たなくなると、軍の高官らもイスラムの価値を重んじるような発言を躊躇わなくなった。 

どうやら、「・・・そういう事態になったらスターリンやサダムと同じことをしなければならなくなる」という友人の見立ては正しかったようだ。 

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