メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコのイスラム化?

11年ほど前、トルコの宗教教育の状況を調べるために来た日本の研究者の方たちとイスタンブール市内のイスラム導師養成高校(イマーム・ハティップ・リセスィ/İmam Hatip Lisesi/イスラムの教育に重点を置いた高校)を訪れた。

そこは導師養成高校の中でも入試が難しい一流校だったが、研究者の質問に答えた男子生徒は、その校内で最も優秀な生徒だったそうである。

導師養成高校と言っても、選択科目で宗教の授業を多く取らない限りは、一般高校のカリキュラムとそれほど変わらないという(一般高校にも宗教科の授業はある)。

その高校では、英語や数学の授業を選択する生徒が多かったらしい。「優秀」も全ての学科を含めた成績が良いという意味である。

生徒の父親も導師養成高校の出身で、大学の神学部へ進み、当時は神学部の教授を務めていたのではなかったかと思う。日本の研究者が来たというので息子の学校を訪れ、質疑応答の場面にも立ち会っている。

まず、研究者の方が「どういう学部へ進みたいのか?」と尋ねたところ、生徒は「医学部」と答え、後ろで父親が残念そうに苦笑いしていた。

さらに「海外留学」について問われると、米国への留学を希望し、その理由を「現時点で最も医学が発展しているのは米国だから」と明らかにした。

おそらく、一般高校の優秀な生徒に質問しても、それほど変わらない答えが返ってきたに違いない。

当時、既に導師養成高校の男子生徒の多くは、「医学部」や「法学部」といった学部を目指すようになっていて、神学部へ進むのは女子生徒が多かったらしい。

そのため、当時もイスタンブール大学神学部では、女学生が学部の7割に達していたそうである。

現在もトルコでモスクの導師に成れるのは男性だけだから、神学部を出た女性が目指せるのは「神学部の教授」や「高校等の宗教科の教員」、あるいは「宗務庁の職員」といったところだろう。

神学部へ進む男子学生が減少しているといった状況は、産業化と都市化が進んだ世界の各国で、皆、同様であるかもしれない。

いつだったか、韓国で「成りたい職業」のアンケート結果の上位に「調理師」が登場して話題になったことがある。儒教思想の根強い韓国では、「調理師」といった職種が蔑まれてきたからだ。

そこには、「チャングムの誓い」のような韓流ドラマの影響も見られたらしい。

しかし、私がそれ以上に意外に思えたのは、上位10職種の中に「牧師」や「神父」が含まれていなかったことだ。

イスタンブールにいると、韓国人の牧師や宣教師と知り合う機会が非常に多かったため、キリスト教の盛んな韓国では、牧師や神父が結構人気のある職業になっているのではないかと思っていたのだ。

まあ、平たく考えてみれば、韓国でもサムスンといった一流企業に就職したい人が圧倒的に多いのは当然のことだろう。これはトルコであってもそれほど変わらない。

エルドアン大統領は、かつて「信仰に篤い若者たちを育てたい」などと発言して物議を醸していたけれど、残念ながらトルコの社会もそういった方向には進んでいないような気がする。

とはいえ、保守的でイスラム的なエルドアン大統領が20年にわたってトルコの社会をリードしてきたため、イスラム信仰の著しい後退には、ある程度歯止めがかかっているのではないかと思う。

少子化も日本や西欧各国に比べたら、まだ救いがある状況と言える。LGBTなどが勢いづく心配もなさそうである。