メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

「トルコ人は生まれない・・・」

韓国語は、もとより仕事に使える技術として身に着けるつもりで勉強し始めた。トルコ語にそういった明確な目標があったわけじゃない。当初は一年ぐらいトルコで勉強して日本へ帰り、また韓国関連の仕事へ戻ることも考えていた。

それが何故、20年以上関わるようになってしまったのかと言えば、要するに「トルコという国は非常に面白い」と感じたからである。特に、「トルコ人とはいったい何者なのか?」といった民族の成り立ちに対する興味は、知れば知るほど増して行った。

まず、外見上、直ぐに解ったのは、「トルコ人らしい顔」がなかなか特定できないことである。もっとも多いのは、アメリカの映画にイタリア人として登場する人たちの顔、地中海人種というのだろうか? それでも半数を超えるほどじゃない。

その他、金髪碧眼の白人から黒褐色の肌に至るまで、実に様々な人種的特徴を備えた人たちがいる。おそらく、長い歴史の中で混血が繰り返された結果だろう。実の兄弟なのに、肌の色が明らかに異なっている例も珍しくない。

トルコへ渡って未だ1年余しか経っていない頃、イスタンブール学生寮で医学部の学生が、「中央アジアトルコ人の血統を受け継いでいる者など3割ぐらいしかいない」と語っているのを聞いた。

これに先立ってイズミル学生寮では、「アリストテレスは我々の先祖」と誇るトルコ人学生もいた。「アリストテレスは正教徒ではなかったからギリシャ人ではない」と言うのだ。

オスマン帝国には民族の概念がなく、人々をその宗教によって区分していたそうだが、1991年、そのトルコ人学生にとっても「トルコ人ギリシャ人を分ける基準」は、イスラム教徒なのか正教徒なのかに依拠していたらしい。

トルコ共和国になり、ネイションの訳語として「ミレット」という言葉が使われるようになったものの、これはもともと宗教の属性を表すオスマン語だったという。つまり、オスマン帝国時代のイスラム教徒のミレットが、共和国になって「トルコ人」というミレットに様変わりしたようなのである。

こういった、日本では想像もつかない「民族」の成り立ちが非常に興味深く、私はトルコという国の面白さに嵌ってしまった。

もちろん、混血も当たり前で民族の概念が曖昧なくらいだから、血統による差別など有り得るはずもない。欧米によって焚きつけられた「クルド民族問題」が日本でも執拗に取り上げられているのは実に残念である。

私は僅かながらも日韓の間に身を置いて、双方の血統の拘りに辟易していた。日本人や韓国人はその血統を受け継ぐ者でなければならなかった。

そのため、トルコの「民族」に何やら清々しいものまで感じてしまった。クズルック村にいた頃ではなかったかと思うが、「トルコ人は生まれない、トルコ人になるのだ(Türk doğmaz, Türk olunur.)」という言葉を教わった。これがどのくらい広く流布されている言い方なのか解らないが、なかなか格好良い言葉だと気に入ってしまった。

その後になって、ボーボワールの「人は女に生まれない、女になるのだ」という言葉を日本の友人から教えてもらった。あるいは、これを元にした造語だったかもしれないが、その「トルコ人は生まれない・・・」を彼らは「誰でもトルコ人になれる」と肯定的な意味合いで使っていたのではないかと思う。 

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