メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

中国のウイグル問題

2009年の8月、イスタンブールウイグル人の友人が、「中国のウイグル問題」について講演したので観に行ったことがある。

私はこの友人とも1991年にイズミルで知り合った。友人は新疆省のトルファンに生まれ、北京大学を卒業して暫く北京で働いた後、多分、80年代の末にトルコへ移住したようである。知り合った頃は、エーゲ大学の研究員だったが、2009年当時は教授になっていた。

彼はトルコの左派政党を支持していたくらいだから偏狭な民族主義者ではない。講演でも、中国政府の同化政策を非難しながら、次のように述べていた。

「・・・中国は阿片戦争という英国の蛮行を受けたり、日本からも侵略されたりしたため、国際社会を信用していないところがある。これも問題の解決を妨げている。・・・中国は国際社会の声を聴かなければならない」。

これは日本人にとって耳の痛い話である。会場にいた私は、彼が「日本の侵略」に言及した際、チラッと私の方を見たように感じた。

しかし、その後、中国政府は国際社会の声に耳を傾けることもなく、年々、態度を硬化させているのではないかと思う。

これは、国力を増強させた中国が一層自信を深めて来た所為でもあるだろうけれど、「国際社会」の方も増々信用し難い状況になっているような気がする。

2009年の段階で、トルコのエルドアン政権は民主化を推し進めながら、「クルド問題」の平和的な解決にも取り組んでいた。ところが、欧米はトルコ政府の努力に応えるどころか、それに乗じてトルコの分割を企図しているかの如く、PKKやYPGといったクルド武装勢力への支援を強化してきたのである。

とはいえ、トルコと中国では、少数民族問題の様相がかなり異なっているのも確かだろう。

トルコ政府が、公に国内の少数民族として認めているのは、アルメニア人を始めとする非イスラム教徒の国民だけだが、これは結構事実を反映していると思う。

トルコ共和国の「トルコ人」というのは、オスマン帝国の支配層だった「イスラム教徒」に他ならない。この「イスラム教徒」の中には、それぞれに異なる言語を話す人々もいたけれど、オスマン帝国時代、人々を分け隔てていたのは「宗教の相違」であり、言語の如何に拘わらずイスラム教徒であれば、お互いに強い同胞意識で結ばれていたという。

中国でも、北京語や広東語といった言語の違いや、さらには回族イスラム教徒)のように宗教の違いがあったとしても、漢字を使用する「中華文明」に属している限りは同胞意識を持っていたらしい。しかし、ウイグル人チベット人はこの範疇に入っていただろうか。

広東にも北京語を基にした「普通話」が普及した現在、中国政府がさらなる一体化を求めて、同化政策を強化したとしても不思議ではない。私には現地の実状が解らないものの、ウイグル人の民族としての立場は一層厳しくなってきているかもしれない。