メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

「学問のすすめ」私立の精神

 「学問のすすめ」では、官の主導に頼らない私立の精神が、最も重要な課題の一つとして説かれていたように思う。
トルコの共和国革命も、日本の明治維新と同様、官の主導による「上からの改革」だったと言われているが、当時のトルコに、私立の重要性を説いた思想家はいたのだろうか?
何だか、トルコでは、今でも「官の主導」に依ろうとする傾向が、日本より遥かに強そうである。
5年ほど前、友人がプレゼントしてくれたチケットで、公営の劇団による定期公演を観に行ったことがあるけれど、前衛的な解りにくい芝居で、寂しくなるくらい空席が目立っていた。あれが民営の劇団であれば、とても経営が成り立たなかったに違いない。
また、劇団員は国家公務員であり、芝居の良し悪しに拘わらず、給料はもらえるのだから、創意工夫の意欲も高まらないのではないかと余計なことを案じながら、芸術活動まで、官が主導しようとする姿勢に疑問を感じた。
一方、2~3カ月前だったか、たまたま観ていたTRTトルコ国営放送(だったと思う)の番組では、スカーフをしっかり被ったイスラム的な女性の識者が、公営劇団の公演について、以下のような見解を述べていた。
民営の劇団なら、自分たちの思想信条に基づいて、如何なる芝居でも自由に公演できるが、公営劇団の公演は、一般的な公序良俗に基づかなければならない、というのである。
公営劇団の団員は、現在も、モダンで西欧志向の強い政教分離主義者が殆どではないかと思うけれど、彼らに、伝統的なイスラム思想に基づく芝居でも公演してもらいたいのだろうか?
おそらく、観客の顔ぶれが多少変わって、空席がもっと目立つようになるだけだろう。イスラム的な放送局がなかなか視聴率を伸ばせない現状をみれば、心配しなくても、そんなところであるような気がする。

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