メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

イスタンブールのラマダン

一昨日の午後から連続ドラマのエキストラに駆り出されて、昨日の明け方に帰って来た。
撮影は、夜9時頃に始まり、深夜の1時半には終わっていたが、エキストラたちはエージェントが用意した2台のミニバスで、各々の自宅付近まで送られて行くため、遠隔地に住んでいる私が家にたどり着くのは、どうしても遅い時間になってしまう。
昨日も、結局、3時間近くミニバスに揺られて、イスタンブールの様々なラマダンの夜を眺めることができた。ラマダンは、今月の6日に始まっている。
撮影現場は、イスタンブールで最もイスラムの濃い地区の一つと言われるファティフ・チャルシャンバで、撮影が終わって外に出ると、街角にはスカーフや黒い布をすっぽり被った敬虔そうな女性や子供たちが未だ多数往来していた。

皆が断食している敬虔な家庭の専業主婦の場合、ラマダンの最中は、昼食を用意する必要もないから、昼は仮眠を多く取り、飲食可能な夜は、こうして遅くまでぶらぶらしながら楽しんでいるのかもしれない。
女性に比べて男の姿は大分少なかったけれど、スカーフを被った奥さんや子供たちと連れ立って歩くお父さんたちもいた。翌日休める土曜の晩だったからだろうか?
私が乗ったミニバスは、まずヨーロッパ側でボスポラス海峡沿いのオルタキョイとサルエルに寄ったが、オルタキョイの辺りで凄い渋滞に巻き込まれてしまう。オルタキョイの繁華街は、深夜の2時を回っていたのに、未だ多くの人たちで賑わっていた。
しかし、こちらはラマダンと全く関係のない、いつもの週末の光景だったと思う。行き交う人々の大半は酒を飲んでいたに違いない。イスタンブールには様々な顔がある。
こうして、深夜の繁華街を過ぎたところで、エキストラの一人が、エージェントの担当者であるアブドゥルラ―さんに訊いた。「貴方はどの辺りの街で飲むんですか?」
これに対するアブドゥルラ―さんの答えはなかなか意外なものだった。「いや、僕は酒をまったく飲まないので、何処にも行きません」
映画や連続ドラマの制作に関わっている人たちの殆どは酒を飲み、現政権やイスラム的な風潮を嫌う傾向がある。彼らに訊くと、「うちの業界では100%が飲む」なんて力んだりする。
そのため、もしやと思って、私もアブドゥルラ―さんに、それが宗教的な理由によるものかどうか確認してみたけれど、彼は「そういうわけじゃなくて、酒が嫌いなだけですよ」と笑っていた。
アブドゥルラ―さん、歳は30ぐらいだろうか? アブドゥルラ―なんてアラビア語由来の名前を付けるのだから、両親はある程度イスラム的な人であるような気もする。少なくとも濃い政教分離主義者であれば、こういう名前を避けるのではないかと思う。
昨年、長期にわたって行動を共にした映画製作スタッフの中に、皆がビールを飲んでいる席でも、全く口にしようとしない若者がいた。気になって、「君は酒を飲まないのか?」と訊いたら、「飲酒は私たちの宗教で禁じられています」と答えたので驚いてしまった。既に決して「100%」ではなくなっているのである。
彼は、東部スィヴァス県出身の敬虔な家族のもとで育ったものの、子供の頃から観ていた日本のアニメに憧れて、この業界に入ったという。
産業化、そして都市化が進み、人々を隔てていた宗派やイデオロギーの垣根がどんどん低くなり、かつては職種や業界毎に見られた傾向もますます曖昧になって来ているのだろう。敬虔なスンニー派の家庭で育った青年が、学校や職場で、政教分離主義者やアレヴィー派の家族の娘と知り合って結婚したりする例も増えているようだ。
一部では、政教分離主義者とイスラム主義者の両極化が進んでいると騒がれているけれど、双方がお互いに混ざり合い、多様化しているのがトルコ社会の実態ではないかと思う。

*写真:昨日だか一昨日のイフタル(断食明けの夕食)に参席したエルドアン大統領夫妻。大統領と握手して、隣の席に座りながら写真に収まっているのは、同性愛者で性転換した歌手のビュレント・エルソイ氏。他のイスラム圏ではどうなのか解らないが、トルコでは特に驚くべき光景でもない。

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